はじめに
「夜中に何度もトイレに起きてしまう」
「排尿後、スッキリしない」
「笑ったり、くしゃみをした拍子に、少し尿が漏れてしまう」
こうした排尿トラブルは、高齢者のお悩みというイメージがありますが、実際には年齢や性別を問わず多くの方が抱えており、漢方相談でも頻繁に耳にする症状の一つです。
「尿のことだから膀胱だけの問題でしょ?」と思われがちですが、実はそんなに単純ではありません。
中医学では、排尿は膀胱だけでなく「腎」「肝」「脾」など複数の臓腑の働きが関わる、全身のバランスの上に成り立つ機能と考えます。
今回は、中国古典の記述も交えながら、排尿のトラブルを改善できるヒントをお届けできたらと思います。
西洋医学的に見る「尿のあれこれ」
●頻尿:尿が近く、排尿回数が多い状態。一般的には、朝起きてから就寝までの排尿回数が8回以上の場合を指します。
●夜間頻尿:夜中に排尿のため1回以上起きなければならない状態。夜間に起きるため、睡眠の質低下にもつながります。
●排尿困難:尿が出にくい、勢いが弱い、排尿に時間がかかるといった状態。男性では前立腺肥大などが原因のことも。
●残尿感:排尿後も尿が残っているような不快感がある状態。
●尿失禁:自分の意思とは関係なく尿が漏れてしまう状態。特に40歳以上の女性の4割以上が経験しているといわれます。
主な原因(西洋医学の視点)
●過活動膀胱(OAB:overactive bladder):膀胱の収縮が過敏になり、少量の尿でも強い尿意を感じます。
●前立腺肥大:前立腺が肥大して尿道を圧迫し、尿の通過が妨げられます。これにより、頻尿・夜間頻尿・残尿感などの蓄尿症状や、排尿の勢い低下・排尿後の不快感などが起こります。
●腹圧性尿失禁:くしゃみや笑い、重い物を持つなどで腹圧がかかり、尿が漏れてしまう状態。骨盤底筋や尿道括約筋の弱まりが原因です。
●神経因性膀胱:脳や脊髄から膀胱への信号がうまく伝わらず、尿をためる(蓄尿)・出す(排尿)の調整ができなくなった状態です。
●尿路感染症: 膀胱炎などの炎症で膀胱が刺激され、頻尿や排尿痛が起こります。
→尿路感染症・膀胱炎の中医学的な考えについては、👇をご覧ください。
「膀胱炎と漢方薬 - 日々の生活に漢方を」
主な治療薬

古典にみる排尿の仕組みと中医学的な考え
中医学では、排尿は膀胱だけでなく「腎・脾・肝」をはじめとする複数の臓腑が関わり合って成り立つと考えます。古典の記述をもとに、その仕組みを見ていきましょう!
1. 腎と膀胱 ― 排尿の中心的な働き
「膀胱者、州都之官、津液蔵焉、気化則能出矣」(黄帝内経・霊蘭秘典論)
→訳:膀胱は水分をためる場所であり、腎の「気化作用」によって尿が排泄される。
「腎虚則関門不固、小便頻数」(景岳全書)
→ 訳:腎が虚すれば尿道の関門が固く保てず、頻尿になる。
中医学における「腎」は、全身の水を主り、体内の水分の貯留・分布・排泄を調節しています。この働きの中心となるのが「腎」の「気化作用」と呼ばれる物質を変化させる力です。「腎気(腎の気化作用)」が充実していれば、水を体外に排泄することも、体内に必要な水を溜めることも正常に行うことができます。
💡「腎」の詳しい働きは、👇をご覧ください。
「五臓六腑:腎の働き / 補腎のすすめ - 日々の生活に漢方を」
このように腎は排尿の中心的な働きを担っていますが、腎の力が弱まると排尿トラブルにつながりやすくなります。では、実際に「腎虚(じんきょ)」の場合にはどのような症状が見られるのでしょうか。
「腎虚(じんきょ)」の特徴
✅加齢や慢性病気などにより排尿トラブルを生じた
✅夜間に何度もトイレに起きる
✅尿の切れが悪く、残尿感がある
✅ 腰や膝がだるい、力が入らない など
「腎」の働きを補う漢方薬を使用します。
漢方薬の例:八味地黄丸、牛車腎気丸(補腎陽)/ 瀉火補腎丸、杞菊地黄丸(補腎陰)、参茸補血丸、海馬補腎丸(補腎精・補腎陽)/ 亀鹿仙((補腎精・補腎陰)など
2. 脾 ― 水分の運搬と固摂作用
「脾主四肢、為倉廩之本、運化水穀精微、布散於全身」(難経・六十四難)
→訳:脾は四肢を養い、飲食物の精微を運び、全身に散らす。
「補脾固腎、止遺精尿頻」(本草綱目の山薬(山芋)の項)
→訳:脾を補い腎の働きを高め、遺精や頻尿を止める。
「脾」は飲食物から、私たちの身体に必要な気(エネルギー)・血(血液・栄養)・津液(水)を作り出し、全身に運ぶ「運化作用」を担っています。
「脾」の運化機能が正常に働けば、「気」「血」がすみずみ(四肢)まで巡り、尿の開閉に関わる筋肉も正常に作動します。
さらに、体内の液体や血を漏らさない「固摂作用」があります。「脾」が弱ると「気」が不足し、この固摂作用も低下するため、尿漏れや頻尿を引き起こしやすくなります。
💡「脾」の詳しい働きは、👇をご覧ください。
「五臓六腑:脾胃の働き - 日々の生活に漢方を」
このように「脾」が弱った状態を「脾気虚(ひききょ)」と呼びます。では、具体的にどのような症状が見られるのでしょうか。
「脾気虚(ひききょ)」の特徴
✅尿漏れ(特にくしゃみ・咳・重い物を持つとき)
✅疲れやすく、体がだるい
✅下痢・軟便気味
✅食欲不振・食後眠くなる など
「脾」の働きを高め、「気」を補う漢方薬を使用します。
3. 肝 ― 気の巡りとストレス
「肝気不舒、則小便頻数」(景岳全書)
→ 訳:肝の気がうまく巡らないと、小便の回数が増えるとされています。
中医学における「肝」は、全身の気の流れを調節する「疏泄作用」を持ち、精神活動や情緒とも深く関わります。
ストレスや緊張で肝の働きが滞ると、膀胱の開閉にも影響し、尿意切迫やストレス性頻尿が起こりやすくなります。特に、試験や発表、外出前など精神的プレッシャーのかかる場面で頻尿が悪化する場合は、「肝」の働きが関与している可能性があります。
💡「肝」の詳しい働きは👇をご覧ください。
「五臓六腑:肝の働きについて - 日々の生活に漢方を」
このように、ストレスや精神的負担が影響して起こる排尿トラブルを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」と呼びます。では、その特徴を見ていきましょう。
「肝気鬱結(かんきうっけつ)」タイプの特徴
✅ 緊張やストレスで頻尿が悪化する
✅ 尿意切迫(急に強い尿意が出る)
✅ 胸や脇が張る、ため息が多い
✅ イライラしやすい、気分の浮き沈みがある など
「肝気」を巡らせる漢方薬を使用します。
上記の臓腑以外にも、「心」や「肺」の働きも排尿トラブルに影響を及ぼすことがあります。
4.その他:カマキリの卵(桑螵蛸 そうひょうしょう)
漢方薬を構成する生薬には、「補気薬」「補血薬」「活血薬」など、その働きによりいくつかの分類があり、その一つに「収渋薬(しゅうじゅうやく)」というものがあります。「収渋」とは、「収斂(しゅうれん=引き締める)」と「固渋(こじゅう=漏れを防ぐ))」が合わさった言葉で、体内の物質を外に漏れださないように留めておく働きを指します。
代表的な「収渋薬」
●「山茱萸(さんしゅゆ)」:六味地黄丸や八味地黄丸に含まれ、腎の働きを高め尿漏れを防ぐことが期待できます。
●「五味子(ごみし)」:小青竜湯では鼻水や咳を防ぐ、麦味参(生脈散)では汗の漏れを防ぐなど、様々な「引き締め」作用を持ちます。
●「蓮子(れんし)」:健脾散(参苓白朮散)に含まれ、「脾気虚」による下痢・軟便を防ぎます。
これらと同じ「収渋薬」に分類されるのが、「桑螵蛸(そうひょうしょう/カマキリの卵)」です。
少し抵抗を感じる方もいるかもしれませんが、中国では古くから「遺精」「頻尿」「小児の夜尿症(おねしょ)」などに使われてきました。
残念ながら、現在の日本では保険診療の漢方処方には含まれていないため、病院で処方されることはありませんが、当店では「安固丹(あんこたん)」という商品を扱っており、排尿トラブルのご相談で使用することがあります。
最後に
排尿の悩みは、年齢や性別を問わず多くの方が抱える身近な問題です。
命に直接かかわることは少ないものの、日常生活の質を大きく左右し、放置すると心身の不調につながることもあります。
「年のせいだから仕方ない」と諦めず、体質やライフスタイルに合わせたケアを続けていくことで、快適な毎日を取り戻すことができます。
トイレのお悩みがありましたら、一人で抱え込まずぜひお気軽にご相談ください。
📍ナカノメ薬局(株式会社ナカノメ)
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👨⚕️薬剤師 / 国際中医専門員 中目 健祐