拙著『“町内会”は義務ですか?〜コミュニティーと自由の実践〜』(小学館新書)が8刷となり、本日我が家に届きました。担当の編集の方からも「もう書店に並んでいると思います」と言われました。

2014年に刊行して10年経ち、今だに読み継がれているわけで、感無量です。
この本の「今日性」を「あとがきのあとがき」で書かせてもらいました。
「因習にとらわれ、従わない人間を村八分にする」
刊行当時(2014年)に書いた「あとがき」の方には、ぼくはこういうことを書いています。
…因習にとらわれ、従わない人間を村八分にする——ちょっと極端かもしれませんが、私は高校のころ、自分の実家のある田舎の空気がとても嫌いで、町内会とか町内会長というものも、このようなイメージでとらえていたことがあります。(p.244)
私自身はコミュニストです。…冒頭に述べた「コミュニティーと自由」にかかわる問題だと思うので、あえて表明しました。
ちょうど高校生のころにコミュニストになり、不条理な校則の押しつけに反対する運動などをして、人間の自由をしばったり、抑圧したり、同調圧を加えようとするものとたたかう気満々でした。(同)
私はコミュニストとして、人間を縛り抑圧する因習の巣のような「町内会」のイメージと、人間の共同や絆を大切にする「町内会」のイメージと、両極端なものにふれてきました。まさに、「コミュニティーと自由」という2つのイメージに引き裂かれていたのです。(p.246)
町内会という範囲にとどまらず、ここに書かれていることがあまりに今日の自分にかかわってきていて、読んでいて自分でもびっくりするほどです。
「コミュニティーと自由」というのは、ぼくのライフワークです。
そして自由、それを抑圧するものとたたかう中でコミュニストになったことも書かれていました。
今、この「あとがき」で書いたことの意味を深くかみしめています。
そのことを改めて8刷での「あとがきのあとがき」にも書かせてもらいました。興味のある方は、ぜひお手にとってみてください。

※ネット書店で発注した場合は、8刷が来るかどうか確認していません。
町内会関係ではポプラ社からもその後新書を出していますのでどうぞご参考に。