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2026.3.『限りある時間の使い方』 6

『限りある時間の使い方』は、ハイデガーの「自分は限られた時間である

キーワードとして、いつも意識されていたので考えることが多かった

 

 今日で終わりです。

(㉒、㉓、㉔)

 

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㉒ 〈忙しさ依存の悪循環

アルコール依存なら誰かが気づいて介入してくれるかもしれないが、

忙しさ依存に陥ってもまず誰も助けてはくれない。

社会全体が、忙しさ依存を推進している

 

㉓ 〈ちっぽけな自分を受け入れる

●コロナ禍と偉大なる休止

本当の話、あなたが人生で何をするかは、そんなに重要なことじゃない。…

●ほどほどに意味のある人生

宇宙の圧倒的な無関心

 

㉔ 〈終らない準備期間

自分はまだ本当の人生を生きていない」という奇妙な態度がよく見られる。

「それしかできない」ということは、裏を返せば「それしかしなくていい」ということ

 

 

   


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㉒ 

忙しさ依存の悪循環

 

忙しい」とは、

「急いでしなくてはならない事に追われている」

「する事が多くて休む暇もない」こと。

 

 それでいいのなら問題ない。

 そうでないなら、「急がなくてもいいようにする」とか、「する事を減らす」

というように、「忙しさ」を解決しなければならない。

 

 仕事などの忙しさを本来は、「急がなくてもいいようにする」とか

「する事を減らす」と「社会全体」の問題として行なわなければならない。

 なのに現実の多くは、個人の問題にされている。

(真面目な人、仕事熱心な方は、社会からの期待が大きいので、それに応えようと「自分」を

仕事のような「社会」に優先させてしまいがちだ

それがほんとうにいけない。

疲れなどの自覚があっても「まだ大丈夫…」と、次の㉓ 〈ちっぽけな自分を受け入れることできず

ガンバリを続け、そして倒れてしまう)

 

社会全体が、忙しさ依存を推進している」という事実を

しっかり認め、自分を大事にしなければならない。

(私は「限られた時間」。人間という「ちっぽけな」存在)

 

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㉓ 

ちっぽけな自分を受け入れる

 

 老いれば(老いてみないと実感はわかないけれど、若くても想像はできる)否応なく、

自分の限界がわかり、自分が何者たりえたかが感じられてくる。

 私という一個の人間はほんとうに「ちっぽけ」なのだということ。

 そうだという事実をすなおに「受け入れ」よっと。

(これでいいのダ!)

 

 誰かに「本当の話、あなたが人生で何をするかは、

そんなに重要なことじゃない」と言われたら、腹が立ち、

「放っといてくれ。アンタに言われんでもわかってる」と返したくなる

 

宇宙の圧倒的な無関心」という言葉。忘れんとこうと思った。

 

 

   


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終らない準備期間

 

自分はまだ本当の人生を生きていない」と、生きている自分が言うのだから

そういうことはあり得ない。

 

それしかできない」ということは…「それしかしなくていい

 だって、私は「限られた時間」なのだから。

 

 

 

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                         ちりとてちん

啓蟄の 思ひ日にゝ 新たなり 虚子

 




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