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2025.11.28 いのち(下)

 今日は最後、⑦~⑨です。

⑦〈自分を肯定するためには

⑧〈「自立」は失っても、「自律」は失わない

⑨〈手放す」ということ

 

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⑦〈自分を肯定するためには

good enoughこれでよい

自分が大事な人間だと思うためには、「good enough」、これでいいんだと思えることが大切です。

 

⑧〈「自立」は失っても、「自律」は失わない

(他者に圧力を受けて「自立」を失うことがあろうとも)自律のほうは、最期までできます。

自律」は、さまざまある選択肢の中から、自分で選ぶことができるということだからです。

選ぶことができる、ということが援助になります。

 

⑨〈手放す」ということ

自分のかわりに、心から信頼できる誰かにゆだねる

自分自身でやるのではなく、その大事な自分で選ぶことを手放すことができる。

ここになお自己決定できる自由があり、手放すという選択肢を選べるのです。

その、ゆだねることのできる信頼できる誰かというのは、人間かもしれないし、運命かも…、

神や仏かもしれません。

 

      


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 〈自分を肯定するためには

 

good enoughこれでよい」はとても大事。

Very good(とてもよい)」より大事。生きていくうえでいちばん大事)

 

これでいいのダ!

 赤塚不二夫漫画『天才バカボン』のパパの言葉を思った。

 

(この言葉を私は座右の銘としている。

初めてこの言葉を聞いたときは、一種のギャグだろうと気にも留めず流していたけれど、

長く生きるといろいろあり、この言葉は、何かの言葉の語尾につけて面白がる「シェー!」などと

違うとだんだん感じるようになった。

 

赤塚不二夫自身がどこまで意識していたのかは知らないけど、「これでいいのダ!」はとても深い。

自分を肯定する」言葉。まさにgood enoughこれでよい」。

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またまた仏教の話ですが、私がよく紹介する仏教者ひろさちやさんは徹底したgood enough

これでよいこれでいいのダ!」主義者。

ひろさんは、自分が「よくない状況、状態」にあって、それが自分の力でどうにもならないときは

《「諦め」るのではなく「明らめ」て》「なるようにしかならない」から、いまの状態を

《たとえそれが辛いものでも》good enoughこれでよいこれでいいのダ!」》と

感謝しようとおっしゃる

それが「不運」としか言いようのないものであっても、その渦中にいる自分を愛そうといわれる。

 

たとえば病気。

現代の医療では治らないといわれている重い病気になったとき、東洋医学などの代替医療

自分の努力で見つけ、自分の体に見事に合って治ればいい。

けれど治らない、死ぬことになっても、よくないわけではない。

つまり、治っても「これでいいのダ!」  治らなくても「これでいいのダ!

確かに重い病気になったこと、自分の努力が実らず治らなかったことは「不運」には違いないけど

=「不幸」ではない。

仏さま《キリスト教の神さまも》はすべての衆生に慈悲《愛》を注がれる。

その結果《現実》はまちまちで「幸運」もあれば、「不運」もある。

「不運」にも重い病気になっても、死んでも、そういう自分を愛し、仏さま《神さま》に

「ありがとうございました」と感謝できる信心を私も持ちたい。

 

前に記事で書いたアウシュビッツから奇跡的に生還したヴィクトール・フランクルの言葉

人生が生きることを求めている」と同じだと思う)

 

      


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⑧〈「自立」は失っても、「自律」は失わない

⑨〈手放す」ということ

 

(両方とも前に紹介しましたが、とても大切なことなので)繰り返して述べられていた。

 

⑧の「自律のほうは最期(死ぬできます。…自分で選ぶことができる

⑨の「自分で選ぶことを手放すことができる

二つのことを合わせて考えると、

自分で選ぶこと」、すなわち「自律」が、「手放すこと」に繋がっている。

 

 本当は「治りたい」「生き続けたい」と願っても、肝心の選択肢の中には「治る」

「生き続ける」はない。

(いまの場合はホスピスでの話だから)自分で選ぶ」、「自律」とはいっても

「死ぬ」しかないので、自分で選ぶ」、「自律」は自分の死に方の問題に

なってしまう。

 

「死に方」は生き方の行き着くところ。

 自分の死に方を思ったとき、私も「手放すという選択肢を選」びたい。

手放すにはゆだねる相手がいなければならない。

ゆだねることのできる信頼できる誰か

誰か」は「人間《ならツレ》かも…、運命かも…、神や仏かも…

「かもしれない」ではなく、私はこういうことは欲張りだから全部ともゆだねたい)

 

 

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                      ちりとてちん

くちびるを 出て朝寒の こゑとなる  能村登四郎




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