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2025.9.9 『言語が消滅する前に…』(後)

 今日は残りの④⑤⑥です。

 

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④「直接的な情動喚起の時代

情動的表現が前面に出てくると、解釈が必要な言語は邪魔なわけですよね。…

もっと直接に情動を表現できる絵文字、エモティコンが幅を利かすようになる。

(言語とは)

直接的満足の延期であり…(言い換えれば)我慢(であり)メタファー(である)…

現代社会では、我慢を強いられる状況が減ってきて…即座に快楽が得られるようになっている。

つまり言葉を連ねることによって直接的満足我慢することをしなくなっている…

これまでのように、「相克(自己葛藤)の中で人が成長するということが当たり前でなくなった

 

⑤「なぜレイシズムに引っ張られるのか

あの人たちトランプ大統領支持者たち)は、自分たちがある目的志向性から排除されて、

主体化できないことを不満に思っていて、主体化させてくれと言っているわけですよ。

そのときに与えられるソリューションが、排他的なレイシズムと結びついてしまうことに

今日の問題がある。

だから、そうではない仕方で、その主体化あるいは主権化の要請にどう応えるかということが、

政治の次の課題として問題になっている。

民主党をやっつけることで主体化するというモデルしかないから、体化への要求が

敵を打ち立てるレイシズムに結びついてしまう

 

⑥「他者に依存していることを認める

いまの平等化は、みんなが自己権威化している状態になっている。

個々人が小さな権威になってぶつかっているわけ…

われわれが「権威なき権威(と呼んでいるものは)常に何か、他なるものを参照してきている

んだということ

(それは換言すれば「われわれが生きるということの根本」であり、自分に「歴史性」を見る、

自分が歴史的な存在であることを自覚すること)

自己権威化とは自分が他者を通じて主体化したことの忘却であり無視

 

      


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④⑤⑥とも、すごく考えさせられた。

 

直接的な情動喚起の時代

 

 現代ほど、「直接的な情動喚起」が可能な社会環境はこれまでなかった、

と著者たちはいうけれど、本当にそう思った。

(「IT革命」といわれるような情報技術の飛躍的な発展により、ほとんどの人々が携帯電話、

スマホを持つようになり、言葉、言語の中心な働きのコミュニケーションにおいて、挨拶などは

言葉以上に絵文字、エモティコンが活躍している《よく出来ており、便利なので、年寄りだから

恥ずかしいなんて思うことなく私も頻繁にお世話になっている》。

 

そのことはいいのだけど、情動そのものに目を向けて見ると、支配されやすい

 

 情動の虜にならないために、冷静に自分を見つめるために、それを言葉、言語に

表してみることはとても大切さだと思った。

情動、感情、思いなどは生活の中で自然に起こる。ドラマを見ていても、自分のことでは

なくても沸いてくる。

しかし、言葉に表わすという行為は自然には起きない。

言葉に表わすことは面倒くさいけど、自分を見つめることになる)   

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 言葉、言語とは「直接的満足の延期」「我慢」「メタファー」ということ。

 

現代社会では、我慢を強いられる状況が減ってきていて、即座に快楽が得られる

ようになっている。つまり言葉を連ねることによって直接的満足我慢することを

しなくなっている…これまでのように、「相克」の中で人が成長するということが

当たり前でなくなった

 

 考えてみれば、「現代社会では」生きる上でのいろいろな物事が便利、快適、

速くなり、ストレスが大幅に減った。

我慢を強いられる状況が減って…即座に快楽が得られる」ようになった。

欲しい物は近くのコンビニにたいていの品物が揃っておりなければちょっと遅くなるけど

「アマゾン」などネットで発注すればいい。

物ではなく言葉や映像《広く想像、イメージなど》ネットメディアによってもたらされる快楽、

欲望も簡単に満足でき、我慢しないで済む。

 

でもそれは客観的に見たときの場合であり、主観的見れば「幸福」と同じでキリがないのだ。

客観的に新たにより便利で快適でスピードアップされた状態、環境が出現したら、

私たちはそういう状態に慣れ、「当たり前」と感じるようになる。

「満足」という主観は慣れるまでで、より新たな《次世代》欲望が生まれ、満足できなくなる

 

 人は(「何に対して」かは重要。ともかく)我慢することを通じて忍耐力、妥協する

(諦めることではない)など生きる基本の力を身につける。

 我慢しない人、できない人、相克を体験、経験しない人が増えていく未来は

恐ろしい。

(ストーカー《あるいは「まがい」》事件の犯人像が思われてならない

 

      

 

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レイシズム

 

 (トランプの支持は、白人の非高学歴の男性、ポスト工業化とグローバル化の影響で製造業が

衰退した地域において特に強かったといわれている。

移民の人たちに仕事を奪われ自分は落ちぶれた《と感じている。かといって社会的成功者にも

なれていない》人たちを味方につけた。

 

主体化というのは「私の人生の主人公は自分であることを自覚し、自分を生きる」ということ。

そういう意味では個人的なことだけど、人は自分だけで生きているのだはなく、社会の中で、

人々の中で生きているから、社会においても自分を主張したい、主体的でいたい。

 

主体化が、自分たちが「落ちぶれた」のは移民たち(つまり他人)のせいだから

彼らを排斥しなければならないとレイシズム説くトランプの言説に乗った。

《この場合、主体化とは「トランプ大統領の誕生」のことであり、レイシズム反対の

民主党をやっつけ」なければならない》

 

      


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他者に依存していることを認める」ということ。

 

 自分たちが存在している、生きているということは、先ずもって

誰か他者に依存している(客観的な事実)を認める」必要があるという。

私が読んだ本では、どの本も依存について、著者たちのいう意味のことが述べられていた)

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いまの平等化は、みんなが自己権威化している状態になっている」ということ。

 

 テレビで何かの社会的な問題にインタビューされた庶民の応答、態度などを

見ると(後でテレビ局側が編集して都合のいいものを取捨選択しているだろうけれど)

私の目には、みんなが自己権威化している状態になっているふうには見えない。

 遠慮しているように見える。

もっと強く自信を持っていまの社会に文句を言えばいいのに…

 

ただ本で述べられている「いまの平等化は、みんなが自己権威化している状態になっている」は

自己権威化」が「社会批判」につながっているというのではなく、「いまの平等化」、すなわち

「個人の尊重」が自分だけの尊重になって他の人を尊ぶことになっていないということ。

 

 私の理想とする人間像は誠実で謙虚な人。

(他の人現在だけではなく過去も》がいてくれてこその自分を強く感じることが、

他者に依存していることを認める」ということだろうと思う。

だとするなら、私は他の人に誠実で謙虚であらなければならない。

頭の隅っこにいつも置いておきたい) 

 

 

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                          ちりとてちん

風鈴の 舌をおさへて はづしけり  川崎展宏

 




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