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2025.6.13 人生を独り占め

 私は遠い昔、思春期ころから(小説を含めて本はほとんど読まなかったのに)

なぜか「名言集」の類のものは少し読んだ。

たぶん、いろいろ悩みが死ぬことは思わなかったので深くはなく、ただ》あったのだろう) 

 そういうわけか、読書していて、言葉にはすごく敏感になった。

 

 今日は 『春を背負って』  笹本稜平・著 という山の小説から。

 

 

(グーグル画像より)

 

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生きてるのって自分のためだけじゃないんだって気がついたわけ

 

ここで働くようになって、だんだんわかってきたの。わたしはずっと勘違いして生きてきたのよ。

自分の人生は自分のためにあるんだって…。

そんなふうに人生を独り占めしようとすることで、わたしはひたすら自分を追い詰めてきた

んじゃないかって、いまは思うの

 

そりゃいい考え方だ。…人間、生きていくうえで無駄な出会いはないってことだよ。

それが自分にとってプラスかマイナスかは、あくまで本人の受け止め方しだいでね

 

『春を背負って』は短編集で、以上の文は『野晒』という物語にあったもの)

 

      


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 はじめの二つのセリフは、人生に懊悩し、山に入って死のうとしたところ、

若い山小屋主人(主人公)と彼を手伝う父親のような歳の男性(山小屋に来るまで

ホームレス山小屋が営業できない冬の間はホームレスが自分には合っていると山を去る)

助けられ、自殺未遂に終わった、都会でバリバリ働いていた若い女性のもの。

(いまはセリフの通り、とても落ち着き、山小屋の調理担当として欠かせない働きをしている。

後のセリフは「彼を手伝う父親のような歳の男性」のもの)

 

 主人公たちにいのちを救われ、初めて彼女は確信する。

 人生は「自分のためだけじゃない」と。

(「わたしはずっと勘違いして生きてきたのよ。自分の人生は自分のためにあるんだって…。

そんなふうに人生を独り占めしようとすることで、わたしはひたすら自分を追い詰めてきた」)

 

自分のためだけじゃない人生を独り占め」という言葉に

とても考えさせられた。

 

 自分のいのちだから(そのいのちの所有者は私で、「自己決定権」は自分にあるという)

どうしようと勝手じゃないか!というけれども、

果たしていのちは自分自身のものだろうか?と問うてみなければならない

と痛感した。

 

      


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 人生に「生きていくうえで無駄な出会いはない

本人の受け止め方しだい」もとても考えさせられた。

 

 与えられたことは偶然(「出会い」もそういえる)としか呼べなくとも、

自分の力本人の受け止め方しだいで必然と呼べるものにしていくことは出来る。

 

 

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                        ちりとてちん

鏡中の 奥に風あり 緑さす  鷹羽狩行

 




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