今は昔。
コロナ禍のとき、あれほど「エッセンシャル・ワーカー」が注目されたのに
いまではこのザマだ。
(私はそのとき「エッセンシャル・ワーカー」という言葉、言い方を初めて知った。
入院したとき医師や看護師だけでなく、毎朝ゴミを始末し部屋掃除の方にも世話になり、そのとき、
そういう労働の大切さ、有難さを意識した。
当たり前に見えるからこそ気づかれ意識されにくい、さまざまなエッセンシャル・ワークに支えられ
安全・安心な現実の日常生活が成り立っている事実が、皮肉にも社会全体がコロナ禍という
パンデミック、非常事態に陥ったとき浮き彫りになった。
同時に、真逆の「なくていい」「クソどうでもいい仕事」《ブルシット・ジョブ》も浮き彫りになった
なのにこのザマ。
人は自分にとって都合の悪いことは忘れる《忘却があるからこそ人は生きていけるわけのだけど》。
でも大事なことは忘れてはいけない。
何が「エッセンシャル・ワーカー」で、何が「「ブルシット・ジョブ」か?
関西はいま、「大阪万博」で浮足立っているように見える。先日のNHKの地域ニュース特集によれば
万博《将来はカジノを見据えて》でホテルの開業が相次いでいるが、どこもかしこも宿泊料が高く、
《医者など別にして》ほとんどのエッセンシャル・ワーカーが泊まれる額ではない。
政治、行政が誰の方を向いているかは誰の目にも明らかなのに、このザマはいつまで続く……………)

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『弱さのちから』 若松英輔・著

(グーグル画像より)
という本に、コロナ禍のとき、ドイツのメルケル首相が国民に向けて伝えた言葉が
書かれていた。
その中で「エッセンスワーカーの人たちへ「謝意」を伝えた」のだそうだ。
(私は知らなかった。本にはこうあった。
「メルケル首相は三月十八日のテレビ演説で、「感謝される機会が日頃あまりにも少ない方々」として
「スーパーのレジ係や商品棚の補充担当」への謝意も述べました。
この言葉はドイツだけではなく、世界中のエッセンシャルワーカー《社会生活に不可欠な仕事に就く
人々》の励ましとなったと思います」

誰もが気持ちよく暮らしていくために、当たり前のように、黙々と
その仕事をこなす。
「エッセンシャル・ワーク」の人たちを見かけ、接したら頭を下げようと思った。

こひこひと いへど 蛍が飛んで行 鬼貫