『つくられる病-過剰医療社会と「正常病」』 井上芳保・著

(グーグル画像より)
という本を読んだ。
初めから終わりまで、何度もなんども深くうなずいた。
(エピローグに本のすべてが要約されていると思うので、そこだけ引用、紹介し、
自分のことに重ねて思ったことを書きます)
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(本の叙述通りではなく、私流に編集)
「「うつ病」(と医者には診断されていても)ではなく「正常病」(つくられる病)かもしれない…
飲むヒアルロン酸は本当に効くのか
→(著者は述べる「モノアミン仮説は大いに疑わしい」と。
続けていう「セロトニンやドーパミン《これらをモノアミンという》の分泌薬が開発」
→「製薬会社は売りたい」
…
検査入院の高齢者が認知症にされかねない…
ほとんどの人が「正常」ではなくなる検査…
本当なら、外から与えられる「正常」の枠のほうこそ再考されるべきだ。
あるいは職場や学校などの当人を取り巻く生活環境の中に抑圧的な様相がないのかを、
よく洗い直してみるべきだ。…本人を「うつ病」として扱うほうがはるかに簡単
→(著者はこのような現状を「医療化」と呼ぶ)
…
イタリアには精神科病院がない
(本の最後で「気がつけばみんなおかしな人ばかり」と、精神病院をなくしたイタリアのことが
イタリア社会は「人間性のアメリカ化」に抗」していると述べられる。
…
(著者はたとえば「男が女に悪ふざけをする振る舞い」が、「正常病」の人たちの多い世界では、
下手をすると「セクハラ」とされて大騒ぎになりそう」だという)
自分の中に「悪」や「狂気」はないのか(と問わなければならない)…
程度とかに違いはあるにせよ、すべての人間の中に狂気は潜んでいて、…
ある意味では人間が人間であることの「あかし」…
「管理社会」と呼ばれる現代はすべての人間が自分の中の狂気を圧していかないと生きていけない…
(著者は述べる。私たちはよく「自己決定」というけれど「数々の…行動…。自分自身ではそれを
「自己決定」と思っているけれども、実は全くそうではない」と。
「強いられた「自己決定」」になっているのではないかと。
だからその「前で立ち止まる」べきと。
続けていう。「(憂さ晴らしなどの行為は)特に医療とは意識されていないけれど、
見方によっては立派な医療だ。→「生活の知恵」)

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キーワードは、「正常病」(つくられる病) 、「医療化」、「自己決定」。
私が特に気に入ったのは、「気がつけばみんなおかしな人ばかり」。
(理由は私自身がおかしい、狂っているからというのではありません。
《私は自分が狂っている、おかしな人間だとは思っていない。
けれど述べられているように、多少はその気があるのだろう。
しかし、これも述べられているように、程度に差はあれど誰しもあるだろうと思い、安心している》
→「 気がつけばみんなおかしな人ばかり」なんだ》
よく考えればこの言葉。人間の「多様性」を言っている気がする。
「おかしな…」は「個性豊か」ということ。

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脳梗塞発症からちょうど2年ちょっと過ぎたツレが後遺障害の「失語」や「もの忘れ」の多さ、
たとえば料理で手を動かしながら次の段取りを考えるなどの何かをしながら何かをする、同時に
二つのことを出来なくなったことをよく嘆く。
「何でこうなんだろう…」「何で言葉が出てこないのだろう…」「何ですぐに忘れるんだろう…」と。
そして結局いつも、「私っておかしくなった」に落ちつく。
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私は《ツレ本人も思っていることですが》、「不幸中の幸い」で済み、この程度の障害であることを
ありがたく感じるのが大事と、障害者の「先輩」ぶり、神か仏になったつもりで悟りみたいなことを
《ホントは半分負け惜しみ》「説教」するけれど、本人の気にしている失語症状、もの忘れ《まして
同時に二つ以上のことをする》などを気にし過ぎ、まさに「正常病」になると、そっちが気になる。
《「正常病」になれば「医療化」へと発展。製薬会社の格好の「餌食」とされるわけだけど、
幸か不幸かツレは大の医療嫌い。→
脳梗塞を再び発症しないために処方された血流をよくする薬さえ、処方した医者が信頼のおける
「先生」と呼びたくなるような、尊敬できるような人じゃなかったので、ずっと服用していないし
通院もしていない》
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ツレは私も尊敬をするほど自分の思い、考えを貫く人だ。
そういう意味で「自己決定」し、また自分で決めたことには責任を持つ。
《私も自分をそうだと思っているけど、こっちの「自己決定」は「自己中心」と言った方が適切》
服用を止めたと知ったとき《知るよりずっと前に隠れて止めていた》もちろんツレの身体が心配で
大ゲンカしたが、彼女の「自己決定」は尊重しなければならないと思っている。
たとえそれが原因で再発しても》
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再発のことは私はすごく気になるけれど《本人はあっても心配を口にしないだけかもしれないが》
もっぱら失語やもの忘れなどばかり気にし、「私、認知症になっていない?」と言うこともある。
「なっていません。ドンマイ!ドンマイ!…そんなん、気にせんでいい。
こっちだって失語のようなこと、もの忘れいっぱい。
それに、認知症になってもかまわない」)

みな椿 落ち真中に 椿の木 今瀬剛一