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2025.3.25 米の超バカ値

米の値段がこんなに高くなった! どうしよう?」

 どうしよう?と言われても、どうしようもない。

 食べるしかない。

 高くても買うしかない。

 

        


(しかし、どうなっていくんだろう?気になる。

 

職場は児童福祉施設だったので子どもたちといっしょに食べていた。

あるとき、生まれて初めて外米を食べることになり、ちょっと驚いた。

《家ではどうしたのか覚えていない。高くても購入し-標準米-食べていたのだろうか》

そのときのことは忘れていたが、こんどの「騒ぎ」で思い出す羽目になった。

急遽、タイからの輸入米が給食に出された。

長くて先端が尖ったような「インディカ米」《米というと私は日本のもの-「ジャポニカ米」-

しか知らなかった》。食べ心地や味は子どもたちの食事介助に気をとられ覚えていない。

そのことをネットで調べてみたら「ウィキペディア」にはこうあった。

                 ↓

1993年米騒動とは、1993年平成5年)の日本における記録的な冷夏に起因する不足現象の総称

同年後半から翌1994年前半にわたって騒動が長期化した。

「大正の米騒動」と呼ばれる1918年米騒動に対して、「平成の米騒動」とも呼ばれる

1993年の記録的冷夏は、20世紀最大級ともいわれる1991年(平成3年)6月のフィリピン

ピナトゥボ山(ピナツボ山)噴火が原因で発生したと考えられている

の気温は平年より2度から3度以上も下回った。

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この社会現象は1993年の天候不順による冷害のために、日本で栽培されていたイネの記録的な

生育不良から生じたコメの食糧市場の混乱と、これに関連して世界のコメ市場にまで波及した

影響を指す。

この現象では消費者はもとより、卸売業者までもが米の確保に奔走し、小売店の店頭から米が消える

といった混乱が発生したが、同時に普段は米を扱わない業者までもが、消費者の関心を集めるために

米を仕入れて販売するといったケースも発生した。

1994年には、一転して水不足と言われた夏の猛暑により米の作柄が回復したことを受け、

米不足は同年後半に収束した

あれが「1993年米騒動」と呼ばれていたことは初めて知った。

今回の令和版「米騒動」では、昔の「米騒動」のように「打ちこわし」や「一揆」は起きないとは

思ったけれど、国民はもっと怒らなければならないと思った。

私は起こっている《勇気がないので呼びかけはできない》

 

不作への反省、あれ以降に起きた大規模災害への備えから、今回は豊富な「備蓄米」あるから

政府はタイ米など外米を緊急輸入するのではなく》それの放出で乗り切ろうとしている。

 

一消費者としてなら、値段が落ち着くまで思い切って米から小麦を使ったパンや麺類、

トウモロコシのトルティーヤなどに変更する手もあるけれど、また値段が落ち着いても

変更した主食がいけるなら、この際それを新たな第2の主食と継続すればいいいかもしれないが、

一国民として考えたとき、主食という生きものとしての根本に関わる大事な問題であることを

考えたとき、それと共に米が日本人の主食になったのは東アジアの隅っこの列島の自然、風土に合い

とてつもなく長い時間をかけ主食の座になった事実の重み、歴史を通じて育まれた米の食文化を

思ったとき、また食べるということだけではなく水田という灌漑耕作農法のもたらす国土保全という

恵みまでも思うと、米のない、米の不足した日本は想像できない)

 

      


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 敬愛しているブログ、recocaさんの「recoca1940のブログ」に、

今度の米高騰問題についての言及があり、強く刺激されました。

是非ともお読みください。

 

recoca1940.hatenablog.com

 

recoca1940.hatenablog.com

 

 

 

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                        ちりとてちん

立春の 喉仏なり よく動く  津田このみ

 




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