以下の内容はhttps://kame710.hatenablog.com/entry/2025/03/04/083000より取得しました。


2025.3.4 ひきこもり(前)

 「ひきこもり」という言葉を初めて聞いたのは、たぶん、その言葉が世間で

ふつうにいわれるようになる前、もう25年くらいの昔だったと思う。

 社会福祉という仕事がらか職場で聞いた。

 聞いた当初はヘンな言葉だと違和感があったけれど、いまはそういう状態にある

人たちをいちばん簡潔に表わした言葉だと思うようになった。

 

『中高年ひきこもり』  斎藤 環・著

(グーグル画像より)

 

 著者は初めにいう。

 原因は不登校、仕事に就いても対人関係がうまくいかず悩んで辞めるなど

いろいろでも、それらがきっかけで家に閉じこもるようになり、一旦そうすると

外に出るのが億劫になり、ますます閉じこもるという「悪循環」に陥りやすい。

 当時、まだ若かった人がいまは中高年になった。

(いい風に捉えれば、日本は「ひきこもり」ができる世の中になったということ。

食うや食わずの生活では「ひきこもり」はできない。

事実、「ひきこもり」が社会問題とされることはなかった)

 

 続いていう。

 「ひきこもり」は現代の日本では大きな「社会問題」となっているけれど、

世間の注目を集めるような事件などが起き、その容疑者なり中心的な人物が

「ひきこもり」の当事者だったときしか強く社会の関心を引くことはない。

 

(《まだ仕事していたときの私もそうだったように》多くの人々は仕事や生活に忙しく、

何でもそうだけど、自分に関係あることでないと気を引かれることはない。

「ひきこもり」が身近なところで問題にならない限り、しょせん他人事、当事者たちの問題となり、

思い、考えることは先ずない。

が、自分の身近で「ひきこもり」が起きなくとも、いまの私のように時間的に余裕が持てると

これは現代日本の「社会病理」だと捉えられる

 

初めに書いたように「ひきこもり」は「食うや食わずの世の中」では起きにくいので、

昔はなかった《似たようなことは存在しただろうけど、「社会問題」となることはなかったわけ》。

先ほど「自分の身近で「ひきこもり」が起きなくとも」と書いたけれど、「孫は大丈夫だろうか」と

心配になった)

 

 本にはとても教えられることが多く、新書なのでそれほど長くはなかったので

大切だと感じたことはみんな、本の流れに沿って(前後、2回に分け)紹介、感想を

書きます。

 

      


ーーーーーーーーーー

① 

中高年ひきこもり100万人の衝撃

もはや「思春期の問題」ではない

ひきこもりの70%以上が「40歳以上」の自治体も

少なくとも100万人、全体ではその倍の200万人と考えるのが妥当

「8050問題」を放置すれば社会保障制度は破綻

(「8050問題」とは80代の親が50代の子どもを経済的にも精神的にも支える「ひきこもり」問題を

考えるとき避けられない社会的な課題)

 

ひきこもりをめぐる10の誤解(現状認識編)

ひきこもりの人とは「困難な状況にあるまともな人

誰でもストレスがあれば防衛機制が働く。ひきこもりはその現われ。ただ、長期化

本人は苦しみながらひきこもっている

彼らを「たまたま困難な状況にあるまともな人」として見る

 

(「ひきこもり」という)呼び名を病名にしてしまうと、改善するための対策は「治療」しか

ありません。

家庭や学校などの環境のほうは問題がないことになってしまいます。

また、本人が「拒否」しているのだとみなすと、「行きたいのに行けない」という子もいることが

見えにくくなるでしょう。

まずは「不登校」というニュートラルな「状態」として認識することが大事

 

      


ーーーーーーーーーー

 ①での「少なくとも100万人」。つまり、日本国民の100人に1人くらいの割合

という事実に衝撃を受けた。

社会問題になっていることは知っていたけれど、これほど多くの人が…と驚いた)

 

 突きつけられた具体的な、形となった数字が身近なものに感じられた。

 他人ごとではなくなった。

(「孫は大丈夫だろうか」とますます心配になった。

ニュースでも県内の今年の小中高の不登校者数というのが発表され、毎年、「最高」を更新、

その多さにため息をつく。

 

だいぶん前に、NHKテレビで「ひきこもり」の特集ドラマがあった。

『3年B組金八先生』の武田鉄矢さんが「ひきこもり」の息子《青年》のお父さん役で熱演。

感動し、考えさせられた。

引用紹介の②,③のような「ひきこもり」への正しい理解、認識がどんなに大切かを教えてくれる

すばらしいテレビ番組だった

 

ーーーーー

 ②は〈ひきこもりをめぐる10の誤解(現状認識編)ということで、

10のことが述べられていたけれど、

 最初の「彼らを「たまたま困難な状況にあるまともな人」として見る

という一言に尽きると思った。

(「誰でもストレスがあれば防衛機制が働く。ひきこもりはその現われ。ただ、長期化

本人は苦しみながらひきこもっている」 本当にそう思う。

 

先の「ひきこもり」の特集ドラマでの武田鉄矢演じる父は、それらのことを理解していき、

息子の苦しみに寄り添えるようになった。それで思った。

このことは自分たちの子育ての反省でもあるけれど、「○○《子ども》を信じる」と言うとき、

「信じる」は下手すれば相手への「丸投げ」《◇◇しなければ■■になってもしらないよ」》じゃなく

《■■になっても、私たちはあんたの親だから》「丸ごと引き受ける」という覚悟を持つことを

○○ 《子ども》に伝えなければならないと)

 

      


ーーーーー

③。このことも強く考えさせられた。

 

上の引用には載せなかったけれど、③の後にこんな文章があった。

「(著者は精神科医でもある)ひきこもりが原因の二次的な精神症状はある(として、

きこもり」の二次的な精神症状の例を挙げる→「対人恐怖」「強迫症状」「不眠」「自殺念慮

摂食障害」「身心症状」など。「統合失調症発達障害と見分けられず誤診されることも」ある

とのこと。続けて著者は述べる

最近の日本は、ちょっとした「発達障害バブル」のような状況が続いています。…

不登校発達障害が原因だから「療育や投薬で対処すればよい」という粗暴な議論…

本来はニュートラルな「状態」である不登校やひきこもりが、

発達障害という概念を通じて再医療化されそうな風潮(がある)」

 

「ひきこもり」も「不登校」もは決して病名ではないということ。

 

最近の日本は、ちょっとした「発達障害バブル」のような状況」とあるけれど

これも考えさせられた。

 

生きておれば発熱とか痛み、不快な感覚などがあるときもある。

それが身体の場合は多くの人がはっきりわかるけれども、

心や精神の場合はモヤモヤとしてよくわからないときがある。

その「わからない」ということがよけい本人をイライラさせ、苦痛にさせる。

その「わからない」ことに科学信仰の現代では、その原因、その症状、その病の

しくみなど医学的な説明がなされ、「エビデンス」に基づき「病名がつけられ」

安心する。

(子どもの福祉施設で働いていたときよく「発達障害」という言葉をよく耳にした。

発達障害」は発達途上の子どもだけのことかと当時は思っていたけれど

現代の日本社会では大人、成人した人の発達障害」がよくいわれるようになった。

で、「ひきこもり」もこういう風潮の波の影響を受けやすいのだろう。

 

発達障害」を思うとき、私は自分を省みて、人は多かれ少なかれ、多くの人がそうなのではないか

と思う

 

 

                       f:id:kame710:20171029114701j:plain

                           ちりとてちん

冬空を 出てはつきりと 蚊のかたち  岸本尚毅

 




以上の内容はhttps://kame710.hatenablog.com/entry/2025/03/04/083000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14