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2025.1.3 「小欲知足」を思う ①

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

ブログはやっぱり日記のようなものと思うので(特に社会、国に対しては)

老人的な怒りに支配された一方的な主張をし、読者の方はいろいろな思い、考えを

お持ちなことを忘れたかのような書き方をし、エラそうな奴、イヤな奴、不快だ!

とお感じになることがあるかと思いますが、どうぞお許しください。

 

そう思っているなら言わなきゃ、書かなきゃあいいのに、ということですが、

「言う《書く》」ことは大切だと思うし、何事かを言おうとしたら考えなければなりません。

《屁理屈かもしれないけれど》「思考停止」に陥りたくないのです)

 

   


ーーーーー

ときどき、いま、自分が生きているということを意識する。

雲をつかむような漠然とした表現だけど、そうとしか言いようがありません。

特定の何らかの具体的な問題を思い考えるのではありません。

誰でもそうする経験があると思う)

 

そんなとき、人間として生まれてきた不思議を感じる。

虫だったかも、魚だったかも、鳥だったかもしれない。

いま人間の自分が生きているということが、不思議、奇跡的な気がしてくる。

(人間だからこそ、「不思議」だという感覚が生まれるのですが)

 

そういう生存感覚的な「不思議」も感じますが、人間社会にも「不思議」を感じ、

いまは社会のほう、現実的、生活的な次元の「不思議」について書きます。

 

    


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「温暖化」「資源・エネルギー」「環境汚染」などさまざまな地球の大問題

いわれて久しい。

目指すところはよく聞く「持続可能な社会」。

だが、実際は「持続可能な成長社会」なのではないかと私は勘ぐる。

(私たち視聴者が利用料を支払っているNHK。その《ある意味》報道の中心、ニュースの最後に

「今日の日経平均株価」「為替」の数字が伝えられるようになったのはいつからだろう?

一般国民からのNHKへの要望が大きくてそれに応えたのだろうか?)

 

「持続可能な社会」がこれほど言われていても、「気候変動枠組み条約」の会議で

悪者のように二酸化炭素とその削減が言われても、

開発途上国」側が便利で快適さを求めるあまり削減に消極的な姿勢を嘆いても

「先進国」側から「電気の消費をちょっと減らし、私たちの生活を少し落とす」

との話は聞いたことがない。

 

(大昔の中国で説かれた「小欲知足」と日本の「もったいない」。

これら人間の心のあり方が「持続可能な社会」実現の真に大事な「エネルギー」ではないかと思う

 

小欲知足」は昔の中国で生まれたけれど、長い時間も空間も超えて持続している。

特に小さいころ「耳にタコ」ぐらい言われた「もったいない」とともに私にも人生の指針になり

続けている言葉《ということは中国、日本を問わず人間にとって普遍的な価値のある言葉》)

 

次回もこのことを書きます。

 

 

 

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                              ちりとてちん

壁の穴や 我初空も うつくしき  小林一茶

 




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