以下の内容はhttps://kame710.hatenablog.com/entry/2024/12/17/090000より取得しました。


2024.12.17 土地は誰のものか ①

散歩をしていると玄関回りが荒れていたり、いつも雨戸が閉まっていたり、

庭が草ぼうぼう、人が住んでいなそうな家、空き家をよく見かける。

(表札に目をやるとないので空き家になってこと間違いない。

ときには不動産屋の幟が出ている)

 

住居機能にはすぐれ快適でも、あまり面白みが感じられない画一的な新興住宅地域

ではなく、古くからの地域の民家、古い家だ。

 

歩くコースは圧倒的に古い地域が多い。

たいていの民家は広さはまちまちでも庭があり、樹木、花が植えられているので

季節の移ろいを感じさせてもらえ、心の中で「ありがとうございます」と呟く。

(新興住宅は駐車場は備えられていても庭があまりなく、あっても子育てに追われているせいか

植物は少なく、あっても飾り程度《「シマトネリコ」などハイカラな樹木》)

 

    


ーーーーー

話は変わるが、ちょうど2年前のいま頃、それまでの集合住宅(マンション)から

いまのアパートに引っ越した。

住宅探しはネットを使い、あらかじめ何件か候補を選び、不動産屋で現地・現物を

案内してもらって決めた。

(ネットでの住宅探しは面白かった。さまざまな条件を選択するだけでお好みの物件が出てくる。

私たちの条件のいちばんは電車の駅に近さ。それは叶いよかったけど食料品店までは頭になく、

まさか、買いもので困ることになろうとは《トホホ…》

それでも遠くにはあった。片道40分かけヨロヨロ…杖突きながらスーパーへ行っている。

近くにはコンビニもないので、そのうち「買い物難民」になりそう)

 

2年前、田舎では廃屋が多いことを知っていても、それなりの地方都市の街で

これほど空き家があるとは知らなかった。

(以前のマンションに住んでいた頃も近所をよく散歩していたけれど、ここほど古い地域ではなく

空き家を目にすることはほとんどなかった)

 

ーーーーーーーーーー

住む場所(わが家)で人生の一大事が営まれるから、それをどうするかということは

重大な問題だ。

(だが結婚した頃の私たちは食べて住めればどこでもよく、いちばんの条件は職場に近いこと、

マイホームは夢にもなく、真面目に考えたこともなかった。

住む場所《わが家》へのそういう思いは子どもができてからもほとんど変わらず、

アパートと借家を繰り返してきた。

しかし最後に、段差がないということを理由にマンションに住んだ。

そのとき初めて、大人になり家を離れた子どもたちが、子どものころは家が狭くて友だちを

よべなかったと苦笑いしながら話してくれた)

 

    


ーーーーー

そのマンション。結構な大きさがあった。

あるとき、その建築構造物の行く末をふと想ったことがある。

(住んでいるときにも「大規模修繕工事」があった。それが繰り返されてもいつかは老朽化し、

解体されるのだろう。何十年先?どんな風に壊されていくのだろう?)

 

少子高齢化が進み、近年は空き地、空き家がすさまじい勢いで増えていると聞く。

(数字による統計報告という客観的事実以外に、「限界集落」などの言葉が登場したり

「空き家」対策、その活用などがテレビなどでよく報道されるようになった)

 

私の場合は田舎の実家のこともあり、前から気になっていた土地や建物の所有」

に関する問題をわかりやすく教えてくれる本に出あった。

 

『土地は誰のものか-人口減少時代の所有と利用』  五十嵐敬喜・著という。

 

(グーグル画像より)

 

今日は個人的な話で長くなったので、本のことは次の②から④まで、

いつものように、強く感じ考えさせられたことだけ紹介、感想を書きます。

 

 

                             f:id:kame710:20171029114701j:plain

                              ちりとてちん

どう見ても 子供なりけり 懐手  岸本毅

 




以上の内容はhttps://kame710.hatenablog.com/entry/2024/12/17/090000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14