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2024.12.6 「持続する公共性へ」

今日は②「持続する公共性へ」。

 

この本は著者が哲学者として書いたものなので、一般向けとはいい

小むずかしい言葉やが多く、私には福島原発事故跡の「観光化」のように

とっつきやすい、わかりやすいものではなかった。

が、とてもおもしろかった。

 

持続する公共性へ」を考えるとき、アメリカ大統領になったトランプを想うと

わかりやすいと思った。

アメリカという公共性」をトランプが「持続する」ものにできるか否か?

(「分断政治」が持続する公共性へ」になるだろうか?

 

アメリカのような「二大政党」が《誰が言ったか》望ましいと、小さな政党であっても

国会議員に選んでもらいやすいそれまでの中選挙区制から、いまの小選挙区制に変わった。

《しかし誰かの思惑どおりにはいかない》

が、たった二つだけでなく政党が多いことはいい

《人々の考え、意見は多数あり、マイノリティの尊重は大事なこと》

 

「多様性の尊重」が叫ばれる現代では、さまざまな意見・考えを表明できるだけではなく、

真の民主主義に忠実であろうとすれば、多くのいろいろな主張がなされて議論、対話し合い、

お互いがわかり合い、納得し合わなければならない。

「多数決」という「数の横暴」は、民主主義ではない。

 

なかなかまとまらず、「スピード感をもって」「決められる」政治にはなりにくくても、

人間が生きるうえで政治というものが欠かせない本質的に大切なものであるならば、

政治の原点にかえって考えるならば、何も急いで結論を出す、決める必要はない

 

 

   


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持続する公共性へ

(「公共性」「公共圏」という政治理念を考えるとき、すぐに思いうかべることは

「保守」と「リベラル」の対立だと著者はいう

政治や社会へのふたつの異なった態度への便利なレッテルでしかなくなっている

(続いてローティというアメリカの哲学者の言葉が挙げられる)

リベラル・アイロニズムの自己矛盾は、

いわば、自由民主主義の政治原理が支払わざるをえない思想的な代償なのだ」

(「リベラル・アイロニズムの自己矛盾」とは何か。

たとえば「多数決」は民主主義の不可欠な原理だが、それを尊重することは大統領選に勝った

トランプの政治、つまりポピュリズム」「分断」を認めることを意味する。

リベラルであろう、民主主義を尊重しようとすることが、民主主義社会を達成するための方法・

手段の「多数決」、「マジョリティ《多数派》の尊重」によって民主主義を否定、軽んじてしまう

ことになる。そういう自己矛盾。

《もちろん、「多数決」原理で民主的に選ばれたトランプにしろヒトラーにしろ橋下徹にしろ、

国民を分断するとか、ユダヤ民族のジェノサイド、「独裁」のまねごと政治なんか言わなかった

またローティは)

自己矛盾こそが「自由で民主的な世界」を維持するために必要不可欠と考えた

「自由で民主的な世界」をめざす哲学や思想に限界を感じたローティは、

小さな個人の生に目を向けると著者はいい、彼の言葉を並べる)

思想や価値観の共有ではなく、目のまえの他者が感じている「苦痛」への共感のほうが、

  連帯の基礎として有望

・「多くのひとは、人類よりもはるかに小さな「わたしたち」にしか共感できない

・「ひとは、他人の小さな苦しみを知ることによって、それまでこだわっていた大きな思想や

  価値観の差異が『どんどん些細なものにみえてくる』ようになる。

  そして「わたしたち」の内実もどんどん多様になっていく」

リベラル・アイロニズムの自己矛盾」を抱えることの大切さというローティに共感して

著者はいう

ぼくたちはもはや、開かれていること(=リベラル)だけを正義だと考えるべきではない。

自己矛盾こそが、「自由で民主的な世界」を維持するために必要不可欠

 

    


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持続する公共性へ」とは、いつまでも「公共性」が続くようにということ。

(ネットの「AI による概要」→公共性」とは特定の集団に限らず社会全体開かれており、

広く社会一般に利害や影響を持つ性質を指します。

また、自分のためではなく、社会のため、みんなのためを意味することもあります」)

 

トランプも(善意にとれば)彼なり自分のためではなく社会のためみんなのため」

にやっているのかもしれない。

 

しつこくトランプにこだわるけれど、ああいう人格の人物(テレビや新聞報道が事実を

伝えているなら)が大統領になること自体が昔ならあり得ない。

現代は、あり得ないこともあり得るのだ。

人格は違ってもトランプのような政治手法で一躍有名になったのが日本にもいる

数決という民主主義を通じて選ばれたという「民意」があるポピュリズム

との「正当性」を掲げ、トップ、首長の自分が「民意」を代表しているという。

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先の兵庫県知事選。百条委員会まで開かれ疑惑が追及されているのに斎藤前知事が

また知事に選ばれたのを知り、唖然とした。

 

トランプと斎藤元彦。アメリカと兵庫県という違いはあっても、アメリカ国政、

兵庫県政をかき乱す惧れがあることがわかっていても、政治的な野心を貫きとおす。

そういう人に(なれないことわかっていても)なりたくないと思った。

 

〈オマケの話〉

私の「公共性」「公共圏」は小さな学級の級長くらい。一学期だけの短命で持続しなかった。

 

 

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                        ちりとてちん

この日和 女名前の 小春かな  川崎展宏




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