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2024.11.猫の陰口 おらぁ観光客だ

 『暮らしの手帖』という昔から長く続いている生活雑誌からのエッセイ集

『居心地のいい場所へ』という本の中の二つの話がとてもよかった。

 

グーグル画像より 写真は「3」とありますが、紹介のエッセイは「2」だったかもしれません)

 

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猫の陰口 岸 政彦

私たちは、飼っている猫や犬が、どれくらいかわいいか、美しいか、賢いかについて

相手がうんざりするほど語る。あるいは、…愚痴をもらす。

しかし、…真面目に陰口を言うことはない。

 

私はここに、なにかとても大きな大切な秘密が隠されているような気がしてずっと考えているのだが

いまだによくわからない。

たとえば私たちは、猫とうわべだけで付き合ったりしない。

猫について、あいつは根はいいやつなんだけど、やっぱりちょっと気が合わないところがあるなあ

とも言わない。

猫と根本的な価値観が違うと感じることもない。

ある猫について、「あいつはいつも言うことがコロコロ変わる!」とも言わない。

 

私たちは、猫を尊敬したりしない。…猫と難しい交渉をすることもない。

私たちは、猫と一緒にいて気まずい空気になることはない。…

猫に約束を破られて悲しい思いをすることもない。

 

猫も私たちに、つらいこともあるけど毎日がんばってねえとも言わないし、

サプライズで誕生日を祝ってくれたりもしない。

 

ある種の哲学では、言語とは世界であり、私たちはそこから出ることができない

ということになっている。

しかし言語、あるいは世界の外に出ることは意外に簡単だ。

私たちは毎日この世界の外に出て、そこにいるおはぎやきなこ(著者のペット、二匹の猫の名)

無言で抱っこしたり撫でたりお腹に顔を埋めたりできるのである。

 

     



「理屈じゃないんだね!」と独りごちたり、誰かに言うことがある。

そのことをすごく思わせてくれた。

 

猫を飼っていない私でも『岩合光昭の世界ネコ歩き』というテレビ番組を観る。

猫は世界中で人に愛され飼われていることを知った。

 

犬とよく比較されるけど(その比較はいいところだけ云々されるのでいい)、虎のように

大きくなく(もちろん狂暴にもならず)でも抱ける適度な重さ、抱いたときの

気もちよさ(毛のなめらかさ、温かさ)、あっち向いてフン!とそっけなくすれば

こっち向いて「ニャーオ!」と甘える、どこに行ったのかと心配すればちゃんと

帰っている。

(前の記事で触れた愛読ブログの方は「チャンスパパ」さんとおっしゃり、岸正彦さんと同じく

猫二匹を可愛がっておられる。

その愛情でネコ語も理解され、本語に翻訳、字幕つき画像で二匹の様子、やり取りを伝えられる。

ユーモアたっぷり! ともかく面白い、愉快なのです。

 

www.chancepapa.com

どうぞお楽しみください!)

 

 

     


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おらぁ観光客だ しりあがり寿

でね、今一番納得できる答えが「自分はこの世界に観光客としてやってきた」という見方。

 

しりあがりさんは60代。現代ではまだ「老人」とは呼べそうにないが、

ご自分の来し方をふり返って「人生」というものを考えてみたときの答えが

自分はこの世界に観光客としてやってきたという見方

(先日、私はまた東浩紀さんの本を読んで大きな刺激を受けたけど、「観光客として」はこの人も

よく使っている言葉《福島原発事故跡を訪ねようと》。

人生を旅にたとえ、旅=観光とするならば、人生=観光と、単純な三段論法ではなるけれど、

実際の人生は苦しみ悲しみが多く、普通に言う「観光」に比喩できるものではない。

 

けれども、一度限りの自分の人生は一度限りしか生きられないのだから、自分の生きている世界を

観光客として訪ね、通り過ぎて行くという見方は魅力的だと思う)

 

 

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                        ちりとてちん

天上も わが来し方も 秋なりき  中村苑子

 

 




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