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2024.6.25 『AI倫理-人工知能は「責任」をとれるのか』④

今日は最後、第三章 情報圏とAI」と第四章 AI倫理のラフスケッチ」です。

(大切と思われることがたくさんあったのですが、深く感じたことだけ羅列します。

あとで、自分の感想を書くつもりなので便宜的に番号をふりました)

 

第三章 情報圏とAI

 擬似人格としてのAIは、アニミズムに惹かれる人々の心性につよく訴えかける

② 「意味」抜きの情報処理

 情報と言っても記号デジタル信号)の量であって、それが表わす意味の量(そんなものが

 計量できるとして)とは本来まったく無関係なことに注意しなくてはならない。

③ 人間が生物の一種であること、そして、ほとんどの生物が論理的な推論より、

 むしろ直観や本能に依拠して生存していることからも明らか

 AIをふくめあらゆる情報技術は、人間という生物特有の身体的・生理的な機能が基盤になっている

 情報有機としての人間

 コンピュータを中心としたICTは現実全体を作り上げ、再構築する。

 情報有機としての人間意味解釈エンジン(になる)

 機械が人間に「意味解釈エンジン」として働くように要求

 人間はコンピュータ・システムのメカニズムの一部になる

 

第四章 AI倫理のラフスケッチ

 誰が社会規範をつくるのか

 「人格」どおしの共感による結びつきが核心をなしている。

 (AIは非人格」)

 社会規範をつくる基本的能力が人間の身体的な共感」に依拠するという点は、

 いくら強調してもし過ぎることはない。

⑥ 人間は、それぞれ自分のやり方で世界を観察し、意味解釈し、他者に共感しつつ、

 取り換えのきかない固有の世界のなかで生きていく。

 その経験から、はじめて道徳感がうまれるのだ。

 だから一人ひとりの人格を尊重せよ!といわれる

 


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本は新書版なので、ちょっと難しい話(その世界では有名な理論がいろいろと紹介)

一般読者が理解できるよう丁寧に、わかりやすく述べられていた。

 

しかし、どんなに難しい理論、メカニズムで作動していても、AIはコンピュータ

という機械。

機械だから「非人格」な存在であって、決して「人格」をもつ人間ではない。

 

AIに責任をとってもらうことも、(機械であるAIに自由という観念はない)

倫理を問うこともできない。

ーーーーー

鉄腕アトムのように人間の姿に似せた超精巧なロボット(そのうち感情まで適切に表す

ロボットも出現するに違いない。「深層学習」によりAの場合は〇の感情、Bの場合は▢と、どんどん

学び、限りなく人間に似てくる)親しみを感じさせ、頭ではわかっていても

ロボットを人間と勘違いする。

(だ介護ロボットを《テレビで》見た。一つは介護者、労働者の肉体的なの負担を軽減するための、

いかにもロボットという感じがしたが、別な一つは介護されるお年寄りの心の癒しのイヌ型ペット、

可愛いロボットだ。

《おばあちゃんたちは何度も目を細め「あーぁ、かわいい!」を連発し、体をさする 

温泉で湯に浸かると、湯船の石や板塀、柱の模様がなじみの動物、人の顔に見えてくることがある。

こういうのも広い意味ではアニミズム?)

 

その情報は自分にとって何? どんな意味がある?

(若いころは「世の中すべて人間のこと」、人間である自分に関係のないことは一切ない、

《チャンスさえあれば》何でも知ろう、経験しようと思っていたけれど、

歳を重ねるにしたがい、自分の《能力を中心に》限界を感じるばかり。

《「人間には無限の可能性がある」というが、子どものころ、せいぜい若いころまでは信じても

かまわないけれど、歳を取ってからは惑わされてはいけないといまは思う》

不要な情報に踊らされる、それに費やすだけの脳の容量、エネルギーは自分にはない。

だから自分にとって何が大事、大切にしなければならないことなのかを、いつも真剣に考えたい

 

論理的な推論より、むしろ直観や本能に依拠して生存

学者のような「論理」「理論(理屈)」を仕事にしている人でも(「アカハラ

という言葉もあるように)人間だから、私たちのように腹を立てたりムカついて

理不尽な振る舞いをしてしまうことがあるらしい。

学校の先生や警察官など公務員だろうと、性犯罪をおかす可能性はみんな同じ。

 

みんな残らず人間なのだ。

人間なんだから、人間的であると同時に動物的だということも

自覚しなければならないのだ。

 


情報有機としての人間意味解釈エンジン

人間はコンピュータ・システムのメカニズムの一部

 

とても強く考えさせられる。

「超」がつくほど高性能な「コンピュータ・システム」、AIが「主人」で

人間が「しもべ」の(科学SF小説で描かれるような)世界が、未来には現実となる

かもしれない。

コピー人間、デザイナーベビーなどを現実化させるバイオ技術の発展と

タッグを組めば地球最強、「神」をも畏れ(恐れ)なくなる。

(考えてみれば「神」《「神仏」も含む》という観念、「神を敬い、畏れる」という感情、

心のあり方は、人間の本性という存在の根源から起こるものであって、

神」をも畏れ《恐れ》なくなった人間とはもはや「人間」ではないと思う)

 

社会規範をつくる基本的能力が人間の身体的な共感に依拠する

このこともすごく心に響いた。

「倫理」はもちろん、「法」や「制度」のような「社会規範」のすべての底には

身体的な共感」が流れていなければならないと強く思った。

(だから現在、あれほど問題にされ、「改正」されたかに見えた政治資金規正法が「ザル法

といわれるのは、国民に身体的な共感」が感じられないからだろう)

 

すばらしい内容で、ただただ深くうなずくしかなかった。

 

この本のまとめ、〆にドンピシャの文章、言葉だった。

 

 

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                       ちりとてちん

片あしの おくれてあがる 田植えかな  阿部青鞋

 




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