森鷗外について
医師で作家、という人は文学史上何人かいますが、日本近代文学において、その走り?となったのが、森鷗外(本名:森 林太郎)です。
彼のすごいところは、文学者として、文学史上高い評価を受けた作品を残しただけでなく、医者としても、軍医のトップ「陸軍軍医総監」にまで出世したことでます。
民間の、病院勤務とか、開業医という人は多いですが、医師兼文学者で、医師としてもここまでの地位についた人を、私は知りません。私が知らないだけかもしれないので、知ってる人はご一報を。
現代で言ったら防衛医大の教授とか、東大病院の教授くらいに当たるのでしょうか。
(29日18時付記:
陸上自衛隊の幕僚監部内に衛生部長(階級は陸将補)という役職があり、役職的にはこれに当たるようです。陸上幕僚監部 - Wikipedia )
脚気伝染病説と森鷗外
しかし、その高い地位ゆえに、鷗外は、日本医学及び軍事史上に残る大きな過ちを残したことでも有名です。
脚気。
現代ではビタミンBの不足による病、と分かっている病ですが、この原因究明までの道のりは険しいものでした。まず、ビタミンというものの存在がまだ分かっていなかったのです。
日本の漢方医は食事に問題がある、ということに気がついてはいたものの、食事の何がいけないのか、というところまで突き止められてはいませんでした。(一応、白米食に問題がある、までは説が出ていたようですが、白米の何がいけないのかがわからなかった)
それに対し、主に西洋人医師が唱えたのが、細菌による伝染病という仮説でした。現代から見れば荒唐無稽ですが、都市、兵舎、監獄といった、人が密集するところで流行ることが、根拠として上げられました。
そもそも脚気は、西洋ではあまりない病気であり、西洋医学の脚気治療の経験は浅かったのです。
しかし、時は明治。西洋の学問の方が正しいと信じる人が多く、ドイツ留学をした鷗外もその一人でした。
結果として、ありもしない(と、現代の目からならわかる)脚気菌を探し、食事説を退けてしまったために、鷗外は責任者の一人として、軍隊内の食事の改良をしていれば防げた脚気で、甚大な被害を出してしまいます。
ここまでは、よく知られた話。
裏付けがとれなかったのは、ここから先の話です。
結核遺伝病説と森鷗外
自らの誤った医学で、加害者となってしまった鷗外ですが、彼もまた、現代に比べれば荒唐無稽な別の説で、個人的に苦しんでいた、という話を聞いたことがあります。
結核遺伝病説。
鷗外は結核に罹患していましたが、この説から子供たちを守るため、自分の結核を隠していたというのです。
もっともこの話を聞いたのは、大学の近代文学の講義の、先生の余談でです。ひょっとしたら、私の頭の中で、できてしまった話かも知れませんし、そうでなくても、医学史の講義で聞いたわけではないので、正確さには劣るのですが……。
ただ、改めて検索してみたところ、鷗外が自らの結核を隠していたことは事実のようです。
鷗外の息子さんの手記によれば、自分を他の医師に診察させない鷗外を案じて、信頼のおける関係にある医師が、診察したところ、表向きの死因となった腎萎縮だけでなく、結核の徴があったとのこと。しかし、鷗外に固く口止めされた医師は、鷗外の死後随分経ってから息子さんに知らせたそうです。
一応、結核の歴史も調べてみました。
ロベルト・コッホによる結核菌の発見は、1882年のことだそうです。
一方、鷗外の死は1922年で、結核菌の発見から40年後です。菌の発見から、それが学会に認められるまでに、時間がかかるとしても、遺伝病説が否定されてないというのも、現代から見れば不自然に感じます。
その後もあれこれ検索したところ、ジャパンナレッジの結核の項に、日本の俗説として、肺病の家系を忌避する傾向が、戦後しばらくまで残っていたとありました。
正式な医学の世界では、伝染病と認識されても、民間では、結核患者の家系そのものを忌むのが直らなかったのかもしれません。それを私の大学の先生は言っていたものでしょうか。
なんにせよ、前掲の鷗外の息子さんの証言で、鷗外が、自分の結核を子供のために隠し通したのは事実です。
結核の特効薬、ストレプトマイシンができたのは、鷗外の死後20年以上経った、第二次大戦終戦直前の1944年で、恐らく日本では、戦後しばらくしてからでないと、この薬は普及しなかったのだと思います。
それまでは、かかったら死ぬ病として、患者だけでなくその家族が忌まれた、忌まれる可能性があったと言えそうです。
脚気も、結核もWikipediaで調べただけでも、かなりつかみどころのないところがあり、その原因を調べる研究者の苦労が忍ばれました。
仮説の検証と、間違いの発見までの間に、多大な犠牲を払わざるを得ないのは悲しいことですが、避け得ない、避けるのが困難な問題でもあるのでしょう。
では。
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