独裁者を憐れむ言葉
内田百閒の『東京焼盡』という戦時下日記のようなものに、次のような一説があります。
ヒトレルに誤まられて独逸国民は誠に気の毒だと思ふ。しかしヒトレルも悲壮なり。
1945年4月末頃の、ナチスドイツの敗北が近いことを聞いての感慨ですが、今回のアサド政権崩壊を聞いて、この一説が頭をよぎりました。
当時同盟国であったドイツとその独裁者への憐憫(と、明日は我が身という不安)が、ドイツ語教師でもあった百閒にあったのは当然です。しかし、ほぼロシア等の旧東側に依っていたシリアの独裁者に、私が憐憫を催す義理はありません。それでも、彼の大統領就任時の、西側からの期待を覚えているものとして、私の記憶を主に、アサド大統領の就任から、シリアの今までを記そうと思います。
アサド政権と言っても、今回シリアを出国したバッシャールの父、ハーフェズの代から続いているので、文中ではバッシャールのことをアサドJr*1と便宜上表記します。
今でこそ、亡命したアサド大統領は、我が国のニュースでも「極悪人」呼ばわりな報道ですが、彼が、父ハーフェズの跡を継いで形式上の選挙の後、大統領になった時は、それほどの扱いではなかったと記憶しています。
アサド大統領就任の頃の記憶
アサドJrが大統領職に就いたころ、シリアという国は、それほど西側から敵視はされてなかったような気がします。湾岸戦争を経て、ことあるごとに経済制裁や空爆を受けていたイラクのフセイン政権も、まだボロボロながらも健在で、多分この状態が続くんだろうな、と私は思っていました。
就任当時、現地の様子を伝える新聞記事で、自分の体に軽く刃物で傷をつけ、そこから流れた血で、アサドJrの写真を貼り付け「バッシャールは我らが血」とか口々に叫んでいた街中の支持者(たぶん、要職についてもいない一般市民)がいた、という内容を読んだ記憶があります。
今から思うと、かなり過激な支持行動でしたが、その数年前に、北朝鮮の金日成の葬儀で、号泣する群衆の記憶が残っていたので、まあそれよりちょっと血の気が多いな、中東の人は色々激しいな、と思った程度でした。
そもそもアサドJr自身が、本来後継者と目されていた兄の死で、イレギュラーに父の後継者になった*2人で、もと眼科医、イギリスに留学経験あり、奥さんも留学先で知り合った人、というスペックを見て、「これなら西側とうまくやって、なんなら民主化もできるんじゃないかな」と、私は浅はかにも思っていました。
しかし、Wikipediaで確認したところ、民主化政策を試みたものの、2001年から2002年に弾圧に転じたとのことなので、うまくは行っていなかったのでしょう。
イラク戦争以降の困難
2001年9月には、アメリカで911事件が起き、アメリカの怒りの矛先がまずアフガニスタンに、次いで2003年には、EU諸国の反対を押し切ってイラクのフセイン政権に向き、イラクは大規模な攻撃にさらされた上に、サダム・フセイン大統領も逮捕、処刑されました。この攻撃を避けるための難民が、シリアに逃れ*3、アメリカとの関係が悪化。その一方で中国やロシア、北朝鮮とは親しくなったため、ますます西側との関係がこじれていきました。
そこにさらに2011年の「アラブの春」の民衆蜂起が起き、一時はISILに国土の一部を占拠されるなどの状況に陥り、そこから持ち直しかけた2023年2月には、隣国トルコとともに大地震に見舞われ、またその前年の2022年には、後ろ盾のロシアがウクライナと戦争状態におちいりました。これらの経緯と、経済制裁などで苦しくなったのもあり、今回の政権崩壊に至ったようです。
強制収容所関係の報道とシリアのこれから
独裁者から解放されたシリアですが、国軍など強力な一派だけがクーデターを起こして倒したわけではなく、アラブの春以降、ISILを含む複数の勢力が割拠しており、その事実だけでも、あまり明るくない見通しをせざるを得ません。
今回の政権崩壊の立役者になったのは、シャーム解放機構と呼ばれる団体ですが、この組織も、外国からテロ組織認定されているそうです。
また、経済状況もひどく悪いようです。
それと、首都ダマスカスの郊外にある刑務所が、事実上政治犯の「収容所」になっていたという報道があり、そこに小さな子供までいた、あるいはイラク戦争も知らないような人がいた(それ以前から閉じ込められていた可能性があるということ)、という風評がネットで流れる一方、報道自体を疑う意見もあり、何が本当なのかは、私にはまったく見当もつかない、というのが正直なところです。
トイレが一日三回と制限される以外は、割合穏当だったという証言↓。(これは旅行で来た外国人だったためかもしれません)
サイドナヤ刑務所に関するニュースに対する懐疑的な意見↓。
アサド政権の下でこれまでに10万人が行方不明という話と
— asagiri (@asagiri23457605) 2024年12月13日
反アサドの人間加えて微罪の人間まで収監されていたサイドナヤ刑務所が解放されたという話が合体して
サイドナヤ刑務所が10万人収容できる
アサドの不思議なダンジョンみたいな話になっている
サイドナヤ刑務所の地下房に10万人の収容者が…みたいな与太話を信じて無数の政治系アカウントがゴニョゴニョ呟いてたけど、地下房そのものが見つかりませんでしたって訂正情報は広まらないし、彼ら絶対に認めないよね。恥ずかしすぎて。ほんと無責任で悪質。#サイドナヤ捏造事件 https://t.co/0R8KtaxKzD pic.twitter.com/yQ9FUyEchN
— 航海長@夢想吟遊詩人🍉 (@aichikenno) 2024年12月13日
アラブの春内戦の頃から、今回倒れた政権側も残虐だけれど、反政府勢力もひどいことをしている(例えば少数派のキリスト教徒に対して、害があるのは同じだけど、政権側の方がまだ理性的という意見を聞いた記憶も)という話もあり、もはや何が何だか分かりません。
長くなりましたので失礼します。では。
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*1:本来は父と同名の息子を父親と区別するための呼称で、彼には当てはまらないのですが。
*2:兄の死から父ハーフェズの死まで十年くらい間があったので、息子以外に、部下などに誰か適任者はいなかったのかな、とは思いました。
*3:噂だけど、フセイン大統領の妻がシリアに逃れたとか見かけたような記憶があります。サージダ・ハイラッラー - Wikipedia