先日(2025年6月)、こんなXでの発言があって↓「またか」と思いました。
そこで、昨年9月にちょっとだけ出して、下書きに戻した、異世界ものに関する考察を再度公開することにしました。(少しだけ改稿というか手入れをしています。)
↓ここより昨年9月に発表した部分です。
「純文学者」による「異世界転生系(通称「なろう系」)」小説が出て、その小説本体はともかく、芥川賞作家、市川沙央氏による推薦文がひどいと評判になっています。
これ↓
私もぶちきれた口です。と言っても、私は、最近フィクションそのものをあまり読んでません*1。大して数をこなしていない私が語っていいものかは、迷うのですが、やはり、このジャンルに好きな作品はいくつかあります。そこで、なぜ異世界ものが流行るのか、創作上の都合という視点から、ふたことみこと、書いてみたいと思います。
テーマではなく構造からなぜ異世界か? を考えてみる
「異世界」のメリット
- 架空の国を舞台にすることで、時代・風俗考証を厳密にやる必要がない。
- なんとなくゲームによくある剣と魔法の世界にすることで、既存の読者の共通認識に頼ることが出来るうえ、ある程度作者の自由に設定ができる。(ヨーロッパに限らず、日本や中国を「モデルにした」かたちなら、厳密な時代考証が要らなくなるのも強い)
- メディア展開され、海外にも進出した場合、舞台にした国から、考証間違いなどでの抗議が来ることなども防げる。
「転生」のメリット
- 現代社会の視線を、その異世界に持ち込みやすくして、かつ、その世界に「生まれた時から籍がある」ことで、その世界の人物として成り立たせることを容易にする。視点は現代日本人のそれだけど、ちゃんと異世界人として、どこの誰、とはっきりしているというわけです。
- そこで生まれて育っている設定にすることで、本来通じないはずの言語の問題を解決することができる。
- 別の人間として生まれ変わりたいという願望というより、キャラクターに最低限の読み手との価値観を共有させる、という目的が強いのだと思います。
- 価値観は現代人であっても、死んでいることで、現代との関係は切ってしまうことができる。
特殊能力もち「チート」のメリット
- そもそも、どうあがいても主人公は、ご都合主義というチートで、話の終わりまで生きていてもらわなければ、ストーリーとして成り立ちません。リアルと言われるフィクションは、そのごまかしがうまいだけという見方もできます。この点を居直って逆に「お話なんだよ」と言いきる効果がある。
- 解決能力を高くすることで、展開を進ませやすくし、話がスピーディになり、読者を飽きさせない効果が出る。
- 転生系は科学関係などの「知識」程度でもよいが、異世界に籍のない(そこで育っていない)転移ものの方が、大がかりな物理的チートは必要。(「腕力がある」か「特技」がないと「よそ者」は苦しい。)
通俗的日本文化を出すメリット
- 日本すごいの根拠となっていた『異世界居酒屋 のぶ』の日本の居酒屋料理ですが、では、市川氏は、お店をビストロにして、外国料理ならば許したのでしょうか?
- 仮にそうしたとしても、その場合、知識の問題で、読者の間口は狭まりますし、本格的な外国料理を出す考証には、かなりの前提知識(特に、食べた経験を買うにはお金が要ります。)がいるでしょう。
- 居酒屋料理にしたのは、日本すごいというより、身近な美味しいものを愛してほっとしたいとか、遠いファンタジーの世界の人間が、日本人にとって身近なエビフライや湯豆腐などを食べる絵面の落差、不思議さが面白いのだと思います。(個人的に、生の魚を使った海鮮丼が「肝試し」に使われる話が好きです。日本人が普通に食べてるものが、異文化圏の人間にとって、「美味しいけどゲテモノでもある」という発想は大事だと思う。)
つまり、読み手にも書き手にも、敷居が低くなるテンプレートがあるのが、異世界ものの特長だといえます。
なにかファンタジー話を気晴らしに書いてみたい、という初心者に、こうしたテンプレートがあることは、それなりによいことなのではないでしょうか。プロにはならなくても、そうやって書いた作品で、幾ばくかでも読者がつき、交流を楽しむのが悪いことだとは思いません。
むろん、そこからプロになるにはそれなりの力量がいりますし、あえてチートではなく、ハンデをつけたい、という根性のある書き手さんもいるようですが、それはそれで。
また、医療知識等の実在の実務技能が一種のチートになっているものなどは、おそらく関係者のかたが書いているのではと思いますし、専門性が必要とされる作品もあります。
異世界のお約束的な共通性を持ちつつ、その作品としての独自性を出すには、異世界の設定や、人物それぞれの描写、構成力など、少なくとも一定の娯楽作品としてのレベルは要求されるでしょう。それはどんなジャンルでも変わらないことです。
もっと、技巧面からのアプローチを
異世界ものをめぐる市川氏の論考は、あまりにも、テーマ的、イデオロギー的になりすぎてはいはしまいか、と思います。もっと執筆上の理由、構造的な問題から語られるべきだと思います。単なる、「現実逃避」とばかり決めつけるのは、作者にも読者にも失礼です。
では。
今回の書評に対する先行批評の数々。皆様、たくさん読んでらして脱帽です↓。
今回の書評の件より前に書かれた、「なろう系」の異世界作品分類・定義一覧
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*1:そもそもネットでも紙媒体でも、長い文章が頭に入らなくなっています。精神的疲弊から来るものではあるようです。