夏といえば怪談ですね。怪談と言えば小泉八雲ですね*1。というわけで、このタイトルです。
というか、6月頃このニュース↑を知ったものの、その後の私事のドタバタで書きそびれていたので、この機会に小泉八雲(こいずみ やくも)と妻セツさんについて知ってることを書いておきます。
小泉八雲(英国名 ラフカディオ・ハーン)とセツ(節子)さんとは?
まず、八雲の方から。一言でいうと、英語で『怪談』を書いた人。この中の一編「雪女」をご存じの人は多いのではないかと思います。
全く知らない、という方にはどう説明したらいいのでしょうね。明治期、世界史的には、19世紀の日本紹介者のひとりで、多分もっとも有名な人(すくなくとも有名なうちのひとり)ではないかと思います。
産まれたときの名は、パトリック・ラフカディオ・ハーン。当時英国領だったアイルランド産まれの父とギリシャ人の母の間に1850年に産まれ、10代半ばで、育ての親の大伯母の破産を期に、アメリカにわたり、そこで新聞記者、紀行作家となり、40歳の時日本に渡り、そこで、日本人の生活や昔話などを英語の紀行文などで紹介し、作家としての名声を一気にあげた人。
また、日本時代の彼は、教育者としての側面も持ち、島根県松江での中学校英語教師職を皮切りに、熊本での第五高等学校英語教師職、そしていっとき神戸での新聞記者(在日英語圏人対象の新聞)を経て、なんと東京帝国大学英文科の講師にまでなっています。その後、大学の教師を、留学などをさせて養成してきた日本人研究者*2に変える政策の元、東大を辞しますが、最晩年には、早稲田大の講師として招かれています。
ギリシャで産まれ、アイルランドで育ち、アメリカで青年期を送り、中年で日本にわたるという、「日々旅にして旅をすみかとす」を地でいく人生を送り、しかも日本に来てからも横浜→島根→熊本→神戸→東京と転々とした人です。
そして、島根県松江で、世話係として彼と出会い、その妻として生涯を支えることになったのが、士族の娘である小泉セツさんです。
父の死に伴う遺産相続トラブル、そして養母の大伯母の破産により、若い頃に辛酸をなめたハーンは、妻のセツさんや彼女との間にできた子供に、自分の遺産を何としてでも残すため、日本に帰化するという道を選びます。その時帰化名として選んだのが、「小泉八雲」となります。
ご子孫の方々の反応
八雲の長男、小泉一雄氏のご子孫で、民俗学者の小泉凡さんのコメント。↓
NHK来年度後期「朝ドラ」モデルは小泉八雲の妻「セツ」 ひ孫の小泉凡さん驚き…タイトル「ばけばけ」は「2人の人生にふさわしい」 | 2024/6/12 - BSS山陰放送 https://t.co/eOUZW4pos1
— 地域のニュース (@chiikinewsnet) 2024年6月13日
八雲の次男、稲垣巌氏のご子孫、ジュエリーデザイナー兼YouTuberの守谷あゆ子さんのコメント。↓
なんと!今息子(6m)に起こされアイルランドで起きたら我が高祖父の小泉八雲がトレンドに😳
— Ayuko 小泉八雲の玄孫🇮🇪アイルランド暮らしYouTube観てね☘️ (@ayuko322) 2024年6月12日
そして!YouTubeでも度々こぼしていた夢、高祖母の小泉セツが朝ドラになると😱
NHKの方が5年以上前の私のブログを読んでいてくださったのでしょうか?
子孫として本当にうれしい💚https://t.co/Zo3vOGxvfA
文中の「(6m)」は生後6ヶ月の意味です。*3
キャスティングは?
……うーん。
村雨さんが嫌いというわけではないのですが、八雲は、前述した通り、ギリシャ(南欧)系の血をひいているので、北欧系の村雨さんは、ちょっと……。
あと、八雲は西洋人としては小柄な方(165センチくらいだったとか)と言われているので、できればあまり背の高くない人がいいなと。
約40年前、八雲を扱ったドラマ『日本の面影』では、最初脚本家さんはダスティン・ホフマン氏を考えてたそうですが、「彼一人のギャラで制作費が飛ぶ」と言われて断念したそうです。↓
結局アメリカでオーディションを募ったところ、映画『ウェスト・サイド・ストーリー』で有名な、ジョージ・チャキリス氏が、ギリシャ系ということもあってキャスティングされました。(チャキリス氏のギャラだって、相当なものだったと思うのですが、恐ろしいな当時のNHK。)
なので、できれば南欧系ルーツのある方、それが無理なら、なるたけ濃い色(茶か黒)の髪と目の色の方がいいな、と。
身長に関しては、小柄な役者さん自体が少ないので、強くは望みませんが。(日本でも、史実通り小柄な人で豊臣秀吉をやろうとすると、竹中直人氏が繰り返しキャスティングされるし*4、外国でも、原作通り小柄なエルキュール・ポワロ(虚構の人物ですが、八雲と同じくらいの背丈と設定されています。)は、デヴィッド・スーシェ氏が出てくるまでなかったとか、聞いたことがあります。)
主人公はあくまでもセツさん(がモデル)
長々と八雲について語りましたが、今回の朝ドラは、セツさんが主人公(のモデル)です。(朝ドラでの主人公の名は「松野トキ」となるそうです。)
セツさんは、八雲に遅れること18年の1868年、松江藩士の小泉家の娘として生まれました。ちょうど八雲が、親族の破産でどん底生活をしてた頃に産まれているのですが、セツさんを取り巻く環境もまた、安穏としたものではありませんでした。
日本史に詳しい人ならご存知と思いますが、この1868年というのは、王政復古の大号令が出た年、つまり戊辰戦争が起きた年です。
しかも、セツさんのいた松江藩は、殿様が松平家*5、すなわち親藩でした。松江藩は中立的な姿勢をとったあと、倒幕側に恭順したので、全面戦争になってボロボロにされた、同じく親藩の会津藩のようなことにはならずにすんだようですが、その後、明治に入り、武士の時代が終わったことで、佐幕派、倒幕派とわず、士族全体が苦しくなっていくこととなります。
現代に例えれば、地方公務員の親が、安泰に生きていけるはずだったのが、勤め先の自治体が急に破綻してしまったか、その前兆として暗雲が垂れ込め出したくらいの頃に、生を受けたような感じといえばいいんでしょうかね。*6
ところで、前述したご子孫の方々の声のあたりで、八雲の次男の名字が違うことに、ひっかかりを覚えた方がいらっしゃるのではないでしょうか。
次男の稲垣巌氏の名字、「稲垣」。これは、セツさんが生後間も無く養子に貰われた先の名字です。稲垣家には子がなく、親戚であった小泉家からセツさんを貰ったのでした。
成長したセツさんは、跡取り娘として婿をとりますが、事情があって離婚、セツさんも、小泉姓に戻っています。しかし稲垣家との縁が完全に切れたわけではなく、稲垣家は、セツさんと八雲の結婚後、その間に生まれた次男を、他の子供達と、兄弟として同居はしたまま、法律上養子にとっています。八雲の長男と次男の名字が違うのは、そんな理由によります。こうしたことは、昔は割とよくあったことのようです。*7
また、混血児の八雲ほどではないかもしれませんが、セツさんも生家の小泉家、養家の稲垣家、どちらの人間か、アイデンティティーに迷ったところも、ひょっとしたらあるのかもしれません。
跡取り娘として育てられたせいか、それとも、もって生まれた資質か、幼い頃のセツさんが外国人に物怖じしなかった、というエピソードがあります。
松江藩にフランス人の軍事教官が来ていたのですが、その軍事教練を見に行った時、教官が、子供たちの方に気づき、近寄ってきたときに、他の子は怖がって逃げる中、幼いセツさんは逃げなかったそうです。(下の『八雲のいたずら』参照。)
他にも書きたいことはありますが、長くなってしまったので、とりあえずここらで終わりにします。
では。
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*1:いや、上田秋成だ、水木しげる氏だ、つのだじろう氏だ、稲川淳二氏だ、等の異論は認めます。
*2:これが後の夏目漱石。漱石の作品『こころ』の冒頭には、八雲を思わせる、和服を着た西洋人がチラッと出てきます。
*3:mは「month」の略。
*4:身長以外にも理由はあるのでしょうが。
*5:徳川家康の次男の結城秀康の三男、松平直政が藩祖。松平直政 - Wikipedia
*6:幕末と今とでは、考え方が違うので、もっと天地がひっくり返るような感覚だったのではないかと思います。
*7:福沢諭吉も、幼い頃他のきょうだいと育ちながらも、叔父の養子になってた時期があるとのこと。福澤諭吉 - Wikipedia