こんにちは、株もっちーです。
水曜日は、ファイナンスインテリジェンス向上ネタの日にしてみます。
今週はエッセイにしましょうかね。
エッセイ:ガマンの時
選挙が終わった。
開票速報を見ずとも結果はわかった。
その翌朝、為替は静かに円高へ振れた。
理由はいくつも語られていた。 だが市場は、いつだって説明より先に動く。
ドル建ての資産は、少しずつ目減りしていく。 急落ではない。 むしろ穏やかだ。 だからこそ、じわじわと効いてくる。
米国株から資金が流出しているらしい。 長く続いた物語が、ひと息つくように。
永遠に続く上昇などないと頭では知っている。 それでも、どこかで「いつまでも続く」と思ってしまう。
人間の楽観は、よくできた装置だ。
投資の利益は「我慢料」だ、 と誰かが言った。
名前は思い出せない。 けれどその言葉だけが、妙に残っている。
我慢料。
不思議な言葉だ。 成功報酬でもなく、努力の対価でもなく、 ただ「耐えたこと」に対して支払われるもの。
相場が上がっているとき、 我慢は忘れられる。 下がっているときだけ、 それは前面に出てくる。
私はいま、仕事を休んでいる。
朝の満員電車もない。 意味の薄い会議もない。 夕方の空を、ちゃんと眺めることができる。
それでも資産は減る。
会社を休んでも、 市場は休まない。
自由になったはずなのに、 数字の増減に心が動く。
人生は結局、ガマンの連続なのだろうか。
子どもたちの予定で埋まる週末。 思い通りに進まない時間。 下がり続けるチャート。
どれも大きな出来事ではない。 ただ、日々の中に小さな「耐える」がある。
でも、ひとつだけ違うことがある。
いまの私は、 この状況を自分で選んでいる。
円高のなかで売らないことも、 米国株を持ち続けることも、 会社から距離を置くことも。
選んだガマンは、 どこか静かだ。
外から見れば、 私はただ、パソコンの前でチャートを閉じて、 コーヒーを淹れているだけかもしれない。
世界は動いている。 相場も動いている。 けれど、ここには少しだけ余白がある。
長期的には増えるはずだ、と 自分に言い聞かせる。
それは希望というより、 歴史への信頼に近い。
ガマンの時。
それは嵐というより、 潮の満ち引きのようなものだ。
やがて水は戻る。 戻らないこともある。 それでも、海はなくならない。
私はいま、 ただこの波の中に立っている。
立ち止まりながら。
こうして文章にしてみると、 それほど劇的な出来事でもない気がしてきます。
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