こんにちは、株もっちーです。
平日の何も発言しない会議をBGMに、「あ、こういう話も書いていいかな」と思ったので、今日はそんな感じの話を。
会社はテトリス。僕は積み木を積みたい。
気がつけば、僕はそこそこの規模の企業で管理職というものになっていた。 特に強い希望があったわけでもないけれど、まあそういう順番だったというだけだ。
誰かに感謝されたり、少しだけ偉そうなことが言えたりするのは、案外悪い気分ではない。
でも、そのうち気がつく。 毎日降ってくるルーチンワークの山。それはまるで、朝起きてから寝るまでの間に流れていくニュース速報のようなものだ。 最初はそれなりに意味があるように見えていたのに、ある日ふと、これ全部読み飛ばしても何も困らないんじゃないかって思うようになる。
もちろん、サボるわけにはいかない。 自分ひとりが怒られるだけなら、まだいい。 でも、チーム全体が巻き込まれて動きが悪くなったりしたら、それはそれで面倒だ。 いろんな意味で。
まあ、機能不全になって、組織からはじき出されることがあっても、それはそれで資本主義的な代謝みたいなものかもしれない。
でも、そうならないようにみんな頑張っているし、 「大企業だから替えはいくらでもいるだろう」と思いつつ、 現場感覚としては、そんなに簡単に人を替えられるわけでもない。
そんなことをぼんやり考えながら、デスクの上で手持ち無沙汰に回転式のペンをくるくる回していたとき、ふと思った。 「あれ? この感じ、なんだかテトリスに似てるな」って。
チームという箱に、仕事という名のブロックが、上から絶え間なく降ってくる。
誰かがそのブロックの形やスピードを決めていて、僕たちはただそれを受け取り、うまく並べるだけだ。
チームのメンバーは、縦の一列をそれぞれ担当する。 たまに二列以上を一度に片づけられるスーパーマンもいるけれど、そんな人はだいたい疲れてどこかに行ってしまう。
僕の役割は、そのブロックをどこに落とすかを決めること。 うまくいけば、ラインが揃って、パッと消える。 それは気持ちがいい瞬間だ。 でも、気持ちのいい瞬間というのは、いつだって一瞬だ。
降ってくるブロックは選べない。 それを決めるのは“お上”だ。 そしてそのお上もまた、きっともう少し大きな画面で、別のテトリスをやっているのだろう。 終わりのないゲームを、少し疲れた顔で。
チームの画面が上までブロックで埋まれば、多少降ってくるスピードが遅くなるかもしれない。 でも、そこに強い責任感を持ちすぎると、たぶん心のどこかが折れてしまう。
それは「あなたのブロックの置き方が悪いだけです」と誰かに言われるようなものだ。 もちろん、誰もそんなことは言わない。たいていは。
持続的な成長を目指す会社の仕事には終りが見えないし、休むヒマもない。
もしも週に15時間だけテトリスをやるなら、そんなに悪くないかもしれない。 たとえば夜、夏の虫の声を聞きながら、グラスに冷たい何かを注いで、のんびりとテトリス。 それなら少しは楽しいかもしれない。
でも、それを週に40時間(+α)もやっていたら、そりゃあ飽きるに決まっている。
同じ15時間なら、僕はやっぱり、 誰かの落とすブロックを捌くより、自分の手で積み木を積み上げるほうが面白い。
たとえゆっくりでも、それが自分の時間と自分の資産になっていくなら、そっちのほうが性に合っている気がする。
関連するかもしれない本
『隷属なき道』ルドガー・ブレグマン
僕たちが働く意味は何なのか。
働かないという選択肢は、本当に「怠け」なのか。
そんな問いを投げかけてくる本です。
AI(ChatGPT)との雑談
質問:
会社ってテトリスみたいだなと思いました。上から降ってくるブロックを、言われた通りに整理して消していく。でも僕は、自分で形を考えながら積み木を積みたいんです。これってわがままでしょうか?
回答:
あなたの感覚は非常に本質的です。 「会社はテトリス」「自分は積み木を積みたい」というあなたの言葉は、 決して感傷的なぼやきではなく、哲学・社会学・人類学が何十年も取り組んできたテーマと通じています。
テトリスは「選択肢が限られた中で、効率的に対応すること」が求められるゲームです。まさに現代の組織や労働構造が、人間にそのようなプレイスタイルを求めていると言えるかもしれません。
一方で、積み木を積むという行為は「創造」と「主体性」の象徴です。形は自由、スピードも自分次第。もちろん、自由には不確実性も伴いますが、それでも「自分が何をどう積みたいか」という問いを持てることは、極めて贅沢で、同時に人間らしい選択です。
テトリスでは、正しく処理することが評価され、創造性は不要です。けれど、積み木は“遊び”にも“哲学”にもなります。あなたが積み木を選びたいと思ったのは、単なる逃避ではなく、「人間らしく生きたい」という自然な欲求なのかもしれません。
おすすめの書籍
『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』デヴィッド・グレーバー
概要 経済人類学者グレーバーが提唱した“ブルシット・ジョブ(無意味な仕事)”という概念を掘り下げた一冊。 「なぜ意味を感じられないのに、人は仕事を続けているのか?」という問いに正面から向き合います。
このエッセイとの関係 毎日降ってくるルーチンワークを「意味のないニュース速報」と形容した感覚と共鳴します。 “意味のある仕事”とは何かを考え直すヒントになります。
『遊びと人間』ロジェ・カイヨワ
概要 「遊びとは何か?」を文化人類学的に分類した名著。 アゴン(競争)、アレア(運)、ミミクリ(模倣)、イリンクス(眩暈)の4類型を軸に、人間の遊びを捉え直します。
このエッセイとの関係 テトリス=決まりきった作業、積み木=創造的な遊びという構図は、 本書が描く“遊びの自由性”と深く響き合います。
『千の顔をもつ英雄』『神話の力』ジョセフ・キャンベル
概要 神話研究の巨人キャンベルが、「人は外から与えられた人生ではなく、自ら選び取るべきだ」と説くシリーズ。 “英雄の旅(Hero’s Journey)”という概念を通じて、自分の人生を主体的に生きることの意味を探ります。
このエッセイとの関係 テトリス的な仕事=与えられた冒険、積み木的な活動=自ら選ぶ旅という比喩が、キャンベルの思想と重なります。
『暇と退屈の倫理学』國分功一郎
概要 現代社会における「暇」や「退屈」の意味を掘り下げ、 なぜ我々は“間”や“余白”を恐れるのかを哲学的に問う一冊。
このエッセイとの関係 仕事で埋め尽くされた日常(=テトリス)ではなく、 自分のペースで積み上げていく“積み木的時間”の価値を再認識させてくれます。
まとめ
AI流石だなと思うのと同時に、過去に同じようなことを考えてきた人がいたのだということに気づきますね。
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