こんにちは、株もっちーです。
エッセイを書きます。
ブルシットに時間を使う、どうでもいい自分の行く先
ある日、上司から「ちょっとこれ、社内の役員向けに資料作って」と頼まれた。 「何のための資料ですか?」と聞いても、どうも要領を得ない。 多分、この組織がちゃんと仕事していることを見せたいのだろう。
ああ、これはあれだ。いわゆる“ブルシット・ジョブ”ってやつだ。
社会的には無意味だけど、社内政治的には“やってる感”を出すことが重要、というやつ。 そんなものに時間を使うなんて、なんだか腹が立ってくる。 意味があるのかも分からないし、むしろ命じてきた本人が一番わかってない気がする。
その苛立ちを引きずったまま、ゴールデンウィークに突入。 せっかくの休みなのに、気持ちはどこか重いまま。 「もう、やっぱり断ろう」と、連休明けに連絡を入れようとスマホに手を伸ばしかけたとき、 ふと本棚に目がいった。
モーニングノート。 昔読んだ本にあった“朝に3ページ、頭に浮かんだことをただ書くだけ”のワーク。 そういえば、あれ、心の整理に効くんだったなと思い出して、久々に書いてみることにした。
「意味のない仕事をやらされている」 「上司は何がしたいのか分かってない」 「自分の時間がもったいない」
そんなモヤモヤをひたすら書きなぐっていくうちに、ある言葉がふと出てきた。
まあ、どうでもいい仕事なら、どうでもいい感じで適当にやればいいじゃないか。
そうだ。これはそもそも、自分が全力出すようなものじゃない。 別にこの組織で評価されたいわけでもないし、むしろ無能と思われて静かに退場するのも、 それはそれで悪くない未来かもしれない。
そう思えてきたら、少し気が楽になった。 YouTubeで米国株投資に関するチャンネルを流しながら、適当にパワポを作成。 とりあえず、上司に提出してみてもらう。
すると、「おお、ありがとう。よくできてるね」と言われてしまった。
謙遜半分、本音半分で「こんなのしかできませんけど……」と返すと、 「いや、私がやってもこれ以上は無理だよ」とのこと。
……だったら最初から自分でやれば良かったんじゃ?と喉元まで出かけたが、飲み込んだ。
結局、組織の歯車なんてそんなもんで、同じものが複数の人間で作れるなら、 それはそれで“健全な組織”なのかもしれない、とか、どうでもいいことを考えた。
まあ、いずれにせよ、それもどうでもいい。
それでも、何となく満足してしまう自分がいる。 ブルシットな仕事をこなし、どうでもいい自分を作り上げている気がする。
だが、ここで立ち止まると気づく。 これが続けば、いつか本当に自分を見失ってしまうかもしれない。 組織に身を任せ、ただ与えられたことをこなすだけでは、どんどん無力になっていく危険がある。 自分の時間を無駄にするだけでなく、気づけば自分すら無駄にしてしまう。
組織にとっては、どんな人でも代替可能だ。 でも自分にとっては、この時間を無駄にすることで失うものがあることを、忘れないようにしたい。
ブルシットに時間を使う、組織内でのどうでもいい自分の行く先が、この組織にはないことを感じ取っていきたい。
ランキング・宣伝など
記事が面白かったと思ったら、コメント、ブクマ、codocの投げ銭、ブログ村バナーポチリなど、なんでもよろしくお願いします。