以下の内容はhttps://k2-tkbs.hatenadiary.jp/entry/2024/06/28/210000より取得しました。


長野旅行記

 

「ひとり旅じゃないんだからね!」


電話で旅行の計画を立てているとき、行き当たりばったりで行こうとするわたしにつっこむ友だち。
そうだね、人と行くんだ。人と旅行に行くのはいつぶりだったか。

 

2023年5月。晴れ。

早起きをして、家を出る。心配性な彼女に現在地のLINEをこまめに送る。いつも共に乱用しているBKBのスタンプで会話。

無事、家
から、でたよ
バンザイ!

BKB!ヒィーッア!これくらいのノリ。


駅着いたよーとLINEして、しばらく。
人混みから、カラフルな帽子がちらついて、手を振る。


……会えた!!!


かれこれ4年ぶりか。いまこの瞬間にこの旅の目的は果たされたと思った。満足。いやいや、旅はこれからなんだけど。

 

長野駅の前で一緒に写真を撮って、ぶらぶらとまちを歩きはじめる。

目的地は善光寺。わたしの希望。

「でもまあ、他に観光地もないけどな!笑」と地元をくさす彼女だったが、気になるお店や気になる路地は沢山あって、その都度寄り道をしながら歩いた。なんでもない景色を背景に写真を撮り合う。

食べたのは、納豆カレーのお店のカレーパン、長野名物のおやき、ラムネをプシュッとやり、お芋のお菓子は半分こ。最後の一個をかけて全力じゃんけん。もちろん観光地名物顔ハメもやった。

 

長野駅から善光寺へ。ガイドブックの目安から約4倍の時間をかけてたどり着いた。

いいお寺だ。

お参りをすませて、「お戒壇巡りする?」という話になった。

戒壇巡りは、本堂の地下の真っ暗闇を進んで”極楽の錠前”を触れば、ご本尊とご縁が結べて極楽浄土が約束される、といったもの。
ずっと興味はあった。信仰心より冒険心での興味。でも、わたしは閉所と暗所がものすごく苦手で、どこのお寺のも行ったことはない。パニックになる。

だけど、「ここは小さい灯りが足元にあるから大丈夫だよ。」と言われ、行くことにした。一緒なら大丈夫かな、と。

券売機で券を買って、靴を脱ぐ。彼女に先に行ってもらい、階段をおりて、中に入って3歩。

 

真っっっっっっ暗だった。

 

「え!まって!暗い!無理無理無理無理!!!」

と腰が抜けそうになりかけたところ、手をぎゅっと握ってくれた。「大丈夫」と。


わたしは全く大丈夫じゃなかった。
スマホのライトを即つけたかったし、くるり方向転換して戻りたかった。でも、後ろから次のグループが来ていて、戻るほうが危険。行くしかなかった。


真っ暗。本当の闇。目を開けてもつむっても闇。怖いを通り越して怖い。
むりむりむり、えええ、まだなの、あああああ、と情けない声を出し続けるわたしを、彼女が呆れていたかどうかを探る余裕もなかった。

「これ、ほら。」とガチャガチャと音が鳴る何かを手探りに発見。意外とあっさりとした彼女。「これをさわればいいんやな?!」とだんだん恐怖にキレてきて、(これで満足か?!あぁ!?)と内心不謹慎なほど逆ギレしながら、ガチャガチャガチャと触って、地上に出た。

 

放心状態のわたし。
「前行った時は足元に灯りがあったのになあ。」と不思議そうな彼女は、ごめんねと謝ってくれた。

放心状態のわたし。
「でも、一人ではいけなかった。ありがとう。」これは、心から思ったこと。こんなこと、わたしにはできないから。

放心状態のわたし。
さあ、お堂を出て、気を取り直そうとおみくじを引いた。凶だった。

 

噂によると凶が多いらしく、”凶だったあなたも大丈夫!”というおみくじ付き閻魔守が置いていてあった。彼女は、内容を気にしすぎてしまうからおみくじを買わないと言っていて、閻魔さまを指差し「ほら、こういう風に買わせようとするでしょ?」と、半分呆れていた。笑いながらも、わたしはこの気持ちの記念に閻魔さまを買った。

善光寺はアトラクション的に楽しいスポットが多くて、経蔵で輪蔵を回したり、山門の上に登ったりもした。山門は階段がとても急で、高所すぎて怖かったけれど、さっきの暗闇に比べればへっちゃらに思える。これもご利益と勘違いしておこう。

 

仲見世通りをゆるゆると歩く。お店に入ったり、あーだこーだ話したりしながら。途中みつけた公園に寄って、高校生のアベックがいちゃついている横で、陽気なアラサー2人が遊具に乗ってはしゃいだ。

夕ご飯は、信州そばを食べた。
初めて一緒にご飯を食べた時の話をした。彼女が大阪にいた頃の話。お腹がいっぱいだから食べて、と歳下のわたしに食べさせたことを気にしている、と。この日も、彼女の山菜の天ぷらを食べることになった。お腹はいっぱいだったけれど、懐かしかった。

 

彼女は家に帰り、わたしはビジネスホテルへ。
空いているのでどうぞ、と広い目のお部屋に通してもらいゆったり。

明日の予定を立てたり写真を整理したりして、
BKBのエンジンきります、のスタンプを連打して寝る。おやすみ。

 

2日目。


駅周辺で待ち合わせようか、という計画で、朝一はひとりでホテル付近を少し散策。

マップ検索しながら見つけた本屋さんが、とても良いお店でお店の方としばらくお話しした。だが、これはひとり旅ではない。待ち合わせの時間に遅れていたのに、わたしは電話にも出ず、彼女を心配させてしまうという。ほんとうにごめん。
謝るわたしに「迷ってるかと思って心配してたからよかったよ」と言ってくれた。

 

駅ビルで合流して、ハンズの手紙コーナーに立ち寄った。彼女は宇宙人の誕生日カードを指差して「これ買ってよ。」と言ってくる。「え、いやや!笑 これ買うとしても、帰ってから買うわ。」と断った。

私たちは、会えない代わりに、手紙や物を送り合ったりしていた。けれど、お祝い事の当日には全く間に合わなかったりする。それを許してしまうゆるさでやっていた。
これよりいいものあるはずや、それを見つけるんだ、というわたしのこだわり。彼女は不満そうだったけど、いいもののほうがええやん。というわたしの意地っ張り。

 

この日もたくさん歩きまわった。ご飯を食べる場所を探し、りんごのカーブミラーを探し、気になってるお店に着いてきてもらう。

途中、いろんな話をした。そんなこと気にして友だちいるん?とつっこんでくれたり、彼女が高校時代に友だちに言われて傷ついた話に共感したり、お互いの友だちの話をしたりした。

初めて聞くことばかりだった。お互いのこと、知っているようで知らないのだけど、何かが通じていて、どうも互いに、友だちだなんだの枠組みでないところに関係を置いていたように思う。辞書にある言葉で探すなら、同志のような。でも、そういうのも照れくさかったし、茶化しながら「ズッ友だよね」と笑っていた。


帰る時間。

駅で最後のツーショットをパシャリ。わたしは特急に乗るのでホームは別だった。
てっきり見送ってくれるかなと思っていたのに、写真を撮った後「じゃあ、またね!」とあっさり言って彼女は去った。

えっ!と思った。さみしくないんか?さみしいのわたしだけかよ!と思った。

でも、わたしたちは考えすぎるきらいがある。だから、もしかしたら、彼女なりに寂しくないようにしたのかな、とか、私に気を遣ってかな、とか、ふと思う。

仕方ないか。普段こんなに歩かないだろうし、彼女も疲れていたのかも。

電車に乗って、自由席に座る。
荷物を置く。
ふう。

すると発車前、ふと横を見ると、彼女が私を見て笑っていた。

彼女「見送る」
わたし「なにその技」

LINEで漫才しながら、手を振った。

なんやねん!!!!!

 

帰り道。

なぜか、びっくりするほど寂しくて、電車でずっと泣いていた。旅行でこんな気持ちになるのはなかなかない。

楽しすぎた日の帰り道は、こんな気持ちになるって、忘れていたかもしれない。

また会おうね、というには少し遠い。でも、また来るし、また会える。旅行はおしまいなだけ。


ありがとう。

 

 

 

 

--------------------------------

 

ブログに書く、とは、わたしにとっては、過去にする、という行為である。

誰かに何かを知ってほしい、という気持ちで書くこともあるけど、それは脳の別の回路で書いていることに最近気付いた。

そう、過去にする。

わたしは、この日がもう来ないことを受け入れないといけない。

彼女とは、出会ってから13、4年ほど経つが、実際に会ったのは10回くらい。数えると不思議に思うけれど、ほとんど人生の半分、ずっと一緒にいた。

わたしたちは、アホなまま、変なままでいた。おそらく世間からなにかがズレいるけれど、同じくらいに、なにかが真っ当だと思いたがっていた気がする。わたしたちは、似ていなかったけれど、似ている部分は互いに譲れない部分だったように思う。

だから、まあこんな変な関係で、これからもずっとアホなことを言ってくんだろうなーと思っていた。でも、もうそれはかなわないらしい。

誕生日のカードは別のを買っていたのだけれど、結局間に合わなかった。旅行記書いてと言われてたのに、書かなかった。いや、ごめん、書いてたけど更新ボタンを押せなかった。へんに人目を気にするの嫌だし、なにより人に見せる物語ではなくて、わたしたちの思い出なので。って、わたしのめんどくさい部分は伝えていなかったけれど。



寂しい。
という感情は、あとからくる。
ずっとくる。ずっといる。ずっとそばについてまわる。


寂しい。より、悔やんでいる。かもしれない。
気付けば、毎日泣いている。泣けば泣くほど、じゃあ、なぜもっと一緒に泣かなかった?と思う。

わたしはこの世のあとの世界を信じていない。だけれど、わからないから、もしかしたらあるのかもしれない。彼女にはあるかもしれない。
ちがう世界があったとして、ちがう世界もネットが通じていたとして。たまたまブログを見てくれるとしたら。なんて、ありもしないことを考える。


過去にする。
そうしないと前に進めない。
そうしないとその日にいたくなる。
でも、書いている間は過去じゃない気もする。


過去にする。
過去になる。
もうとっくに過去。

 

わたしはちょっとおかしくなってるかもしれない。でも、わたしはひらめいた。

ブログに書くとは、過去にすること。つまり、過去にするために書いておけば、過去はそこにいてくれるので、いつでも過去に行けるようになるのか、なるほど。と思って、更新ボタンを押すことにした。読めばその日に行ける。なんてね。


まったく、おかしな理屈だね。


もうめそめそするのをやめる。




以上の内容はhttps://k2-tkbs.hatenadiary.jp/entry/2024/06/28/210000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14