【MWC Barcelona 2022】

「12G」では標準化が不要になる? NTT尾上氏が語るモバイルの将来像

 国際電気通信連合(ITU)の次期電気通信標準化局長を決める選挙が、9月に開催される。日本が擁立した候補が、NTTのCSSO(Chief Standardization Strategy Officer)を務める尾上誠蔵氏だ。同氏はドコモで無線ネットワーク開発部部長やR&Dイノベーション本部長、CTO(Chief Technology Officer)などを歴任。LTEの開発をリードしたことから、業界内では「LTEの父」と称されることが多い。

 尾上氏は、スペイン・バルセロナで28日(現地時間)に開幕するMWCにも参加。世界各国の業界関係者とミーティングを行う。MWCでは、尾上氏にITUの局長選挙に向けた意気込みや、今後のモバイル通信が向かう方向性をうかがうことができた。その一問一答をお届けしたい。

NTTの尾上誠蔵氏が、局長候補としての意気込みやモバイルの今を語った

――最初に、NTTの中でのCSSOとはどういう役割の役職なのかを教えていただけないでしょうか。

尾上氏
 基本的には名前のとおりで、標準化戦略を立案していく役職です。CSOというとChief Strategy Officerを意味するのが一般的なので、「CSSO」になっています。ただ、局長に立候補する立場になったので、いち企業というより、日本全体の標準化戦略をどうするかを考えていくような立場になっています。

――今は持株会社のCSSOですが、MWCにはどういった目的で参加されているのでしょうか。

尾上氏
 遊びに来ているわけではないです(笑)。基本線は(ドコモ時代と)変わりません。MWCは世界中からそれなりの立場の方々が集まってくる機会なので、そういった方とコンタクトを取ることができます。イベントや講演があれば参加して、人と会うのが目的ですね。(以前は)30分単位で色々なところを回っていましたが、そういう意味では今回もあまり変わらないと思います。

――国を挙げて局長候補に擁立されていますが、選挙に向けた意気込みをお聞かせください。

尾上氏
 そこは「頑張ります」としか言いようがないですね(笑)。いち企業として研究開発をやっていた中でも、標準化は重要な位置を占めていましたが、国際機関での正式な立場で、世界のためにやっていきたいという思いはあります。

 私の特徴を言うと、ITUは外側から見てきたので、外の業界もよく知っている立場にあります。標準化だけではなく、テレコム業界の実務をやってきたと思っています。そういった経験は生かしていきたいですね。

 今、標準化の組織は色々と複雑になっています。ITUだけがすべてをやっているわけではないので、連携も重要になってきています。そういった辺りでは、力を発揮できるということは焦点の1つにしていきます。標準を世界的に広げるのはITUの大きな役割なので、そういった観点でできることをしっかりやっていきたいですね。

 いろいろな人と話していると、ITUの重要性はヒシヒシと伝わってきます。標準規格を作るだけでなく、標準規格を世界中に広げることも重要です。現に、いちばん進んでいる国と遅れている国では、10年ぐらいの差がついています。それをいかに縮めていけるか。その価値は改めて認識しています。

尾上氏は、日本としてITUの標準化局長候補に擁立されている。画像は外務省のプレスリリース

――尾上さんが局長になった場合、標準化で日本が有利になるといったことは考えられるのでしょうか。

尾上氏
 基本的には中立でなければなりません。ではなぜ日本として頑張っているのかというと、「世界全体がよくなる中で、日本もよくなる」と考えるべきだと思っています。

――標準化局長に立候補している尾上さんが、ドコモのイベント(docomo Open House)の講演で「将来的には標準化がいらなくなる」というお話をされていました。その心をお聞かせください。

尾上氏
 「標準化局長に立候補してるやつが、なんで標準化がいらないと言うんだ」と思われるかもしれませんが、技術が変わってくれば、標準化の仕組みも変わらなければなりません。思い描いている世界がひょっとしたら来るかもしれないので、その辺はみんなで考えていきましょうということです。

 今までは、技術が1つの標準に集約される形で動いていましたが、長い歴史の中で右に行ったり、左に行ったりして、再び拡散するかもしれません。そういう概念ではなく、標準規格がかっちり決まっていなくても、お互いがつながれるようになれば境界がなくなっていくのではないかと思います。

世代を経るに従い、徐々に規格が集約されつつある

――それはソフトウェア的に、標準がなくても自動で通信がつながっていくということでしょうか。

尾上氏
 すべてがソフトウェアでできるようになれば、そうなります。ただ、ソフトウェアというのは皆さんが考えているより、性能が出ない。性能を出そうと思うと、消費電力が高くなってしまいます。ですから、これは10年、20年、30年といったスパンで考えていかなければならないことです。

――消費電力の削減という点では、NTTが提唱している「IOWN構想」がありますが、そことも関係してくるのでしょうか。

尾上氏
 IOWNに期待しているのは、IOWNが低消費電力なところです。

 IOWNはフォトニクスの技術を使って、プロセッシングまで含めて消費電力を少なくするというものです。今は伝送が光になっていますが、プロセッシングまで含めて処理を光でできれば、多少、負荷があることをソフトウェアでやっても消費電力は大して増えなくなります。そういう世界になることには、大きな期待を持っています。

ソフトウェア的に自動でつながるようになれば、標準が必要なくなる可能性もあるという尾上氏。そのためには、さらなる低消費電力化が求められるため、IOWNには期待していると語る

――ちなみに、それはモバイルの世代で言うと、何G(世代)のころに実現する可能性があるのでしょうか。

尾上氏
 (docomo Open Houseの)講演では12Gと言っていましたが、講演を見た人は「8Gでできる」とつぶやいていました。8なのか10なのか12なのかは分かりませんが、いずれにせよ偶数世代だと思っています(笑)。

――尾上さんは以前から、モバイルは偶数世代が成功するということをおっしゃっていました。

尾上氏
 私の大法則ですが、実際、偶数世代は大成功していますよね。

――確かに、グローバルで見ても、3Gのサービスは終了する一方で2G(GSM)が残っていたり、4Gが至るところで使えたりと、成功している感はあります。

尾上氏
 これを言い出したのは5、6年前ですが、当時は5G関係者に嫌がられました(笑)。ドコモの社内でも、「そんなことを言わないでください」と言われたり(笑)。ただ、私は、普通にやっていたら厳しいので、業界を超えたコラボレーションで成功に導きましょうという、ポジティブな意味での発言をしたつもりです。

 実際、5Gの立ち上がりは4Gのときより速かった。3Gは低空飛行だったのに対し、4Gは導入したらグンと増え、5Gはさらにそれを上回っていました。一方でその速度が最近は若干怪しくなってきていて、4Gに及ばない日が来てしまう可能性はあります。やはり、私の法則が当たっていたのかもしれません(笑)。

モバイル通信は偶数世代が成功するという法則を語る尾上氏。5Gは奇数世代だが、失敗しないためにも、他業種とのコラボレーションが重要だという

――それはなぜでしょうか。

尾上氏
 立ち上がりが速かったのは、技術というより、マーケティング戦略やブランディングを頑張ったことがあると思います。そこは、ちゃんと見極める必要があります。実力をちゃんとつけて、素晴らしいユースケースを見せることで、みんなが「これは入れないと」と思ってもらえなければなりません。

――あまり、広く普及しそうなユースケースがまだ実現していないようにも見えます。

尾上氏
 何が成功するかは結果論で、あと3年なり5年なりが経ってから、世の中に広がっていくかだと思います。過去の世代も、色々なことを言われました。3Gはテレビ電話がキラーサービスのはずなのに違ったり、逆にモバイルブロードバンドが普及したのは3Gなり4Gでした。予期せぬことが広がったりするので、そういうことを期待する必要があります。ちなみに、これも私の中での法則です(笑)。

――5Gに関しては、高い周波数帯でのエリア拡大に苦戦しているようにも見えます。

尾上氏
 周波数帯と通信の世代は何も関係がありません。

 モバイルの業界は今まで使っていて足りなくなったところを、どんどん開拓し、耕してきました。一方で、これは4Gの時から言っていたことですが、高い周波数帯(だけ)でやろうとすると大変なことになります。

 過去には、今まで使っていた周波数帯を新しい方式で使うことは散々やってきています。帯域の特徴に応じて、カバレッジの広いバンドとキャパシティの大きなバンドを組み合わせることで、基地局をたくさん打たずにうまくやっていくことはできます。

――ただ、ドコモは4Gから5Gへの周波数転用にはあまり積極的ではありません。

尾上氏
 ドコモも(転用は)ちゃんとやりますから(笑)。(消極的に見えるのは)メインをどちらだと考えるかの違いだと思っています。ドコモは、既存帯域を使うパイオニアでもあります。4Gのときも、欧州は2.6GHz帯などの新しい帯域から始めましたが、ドコモは3Gで使っていた2GHz帯でスタートしています。技術として申し上げれば、既存の周波数を新しい世代に使うのは当たり前のことです。

――4Gのときには変調方式がOFDMAに変わったことで、同じ帯域でも世代が変わるメリットが分かりやすかったと思います。一方で5Gの場合、極端な話、アンテナピクトの文字が変わるだけのようにも見えます。

尾上氏
 ドコモは(周波数転用した5Gが)有利誤認になると言っていますが、個人的にはそこまで言わなくてもと思っていたりします(笑)。ですが、(速度が変わらないことは、ユーザーに)認識してもらわなければなりません。おっしゃっているように表示が変わるだけと言えば確かにそうで、これは3GからLTEに変えたときと、4Gから5Gに変えたときの違いです。3Gのときは、LTEに変えるだけで、同じ帯域幅での性能がガンと上がりました。今回はそうではないので、そこをどう見るかですね。

――SA(スタンドアローン)にしやすくなるといったメリットはないのでしょうか。

尾上氏
 (キャリア側の)モチベーションは低いかもしれませんが、しいて言えばSAにしやすくなるのはメリットですね。すべてが5G NRになれば、既存帯域も含めてSAでいけます。これが最大のメリットになるかもしれませんが、同じ方式になれば、(4Gと5Gを合わせて使う)デュアルコネクティビティではなく、キャリアアグリゲーションで済んでしまうということはあります。

――本日はどうもありがとうございました。