慌ただしさにかまけている間に、真冬の衆院選があっという間に終盤を迎えているようで、日経紙の1面には、以下のような記事が躍っていた。
「日本経済新聞社は8日投開票の衆院選について調査し、終盤情勢を探った。与党の自民党と日本維新の会が定数465のうち300を超える議席をうかがう。新党「中道改革連合」は公示前の167議席から半減する可能性がある。」
「自民は序盤の時点で公示前198議席から伸ばして過半数233を得る勢いだった。終盤ではさらに支持を広げているもようだ。全ての常任委員会で過半数を確保し、委員長を独占する「絶対安定多数」の261議席超えを視野に入れる。」(日本経済新聞2026年2月6日付朝刊・第1面、強調筆者)
元々、今回の選挙は、高い内閣支持率を背景に、高市首相が自ら打って出た”奇襲”。
国会で立ち往生して追い込まれ・・・というケースとは全く状況が違うので、総理を出している政党が有利だろうな、とは思っていたが、ここまでとは・・・。
解散総選挙が決まって以降、大手メディアからは、”自分勝手だ”という声を聞くようになったし、週刊文春からSNSの投稿まで、首相と自民党をターゲットにした批判がやたら飛び交うようにはなったが、そういった類のものすら取り込んでエネルギーにしてしまっているかのようなこの勢い。
一瞬、なんでだろうな?と考えそうになったのだが、ようやく届いた選挙公報にでかでかと「日本列島を強く豊かに」というフレーズが躍っているのを見て、ちょっと前の安倍晋三政権時代の記憶が蘇ってきた。
そう、右でも左でも、ましてや中道とかいう話は全く関係なく、日本人は、こういうシンプルで、(ちょっとマッチョだけど)何となく将来に希望を持たせるようなフレーズが好きなのだ。
それと比べてしまうと、クソ真面目に政策の束を並べて掲げる他政党はどうしてもかすんでしまう。
昨年の参院選の反省を踏まえて、のことなのだろう。今回の選挙で、高市総理自身が一部品目の「消費税減税」をかなり早い段階で打ち出したのも、選挙戦術としては効いている。
範囲も期間も限定的だし、そもそも実現するかどうかも分からない*1話だが、少なくともこれまで「消費税減税」「消費税廃止」を叫んで票を集めてきた勢力との関係で、争点ごと消してしまう、という効果は絶大だった。
かくして生まれた”雪崩的勝利”ムード。
昔は、選挙報道で「優勢」と打たれてしまうと、直前で他候補に同情票が流れて形勢が・・・みたいな話もあったのだが、”周りの顔色をうかがう”人々が年々増えているこの国では、今やこの手の報道すら追い風を加速させてしまう。
「中道」に関しては、公示前の悪い予感*2が見事に的中して、散々な結果に終わりそうな気配だし、一応与党ながら与党感が全くしない維新の会は、大阪と一部の関西エリア以外ではほぼ全滅の惨事となるだろう。
過去数回の選挙ではそれなりに存在感を示してきた新興政党たちも、今回の選挙に限っては存在感がかなり薄くなってしまっている*3。
かくして、再び「強力な政権与党」が誕生する瞬間は目の前に迫っているのだが・・・
個人的には、今この国が置かれている状況を考えた時に、「強く豊かに」というフレーズほど空しく響くものはないし、栄華を誇った第2次以降の安倍政権の8年間がどれだけ矢を放っても、様々な分野での衰退を止められなかった、という事実も決して忘れるべきではない、と思っている。
そして、今この国に生きる者が考えるべきことは、「成長」以前に、今あるものを壊さずに次の世代に引き継げるか、ということではないのかな・・・ということもずっと考えていることだったりする。
もちろん、闇雲に「守り」を掲げるだけでは、肝心なものを何一つ守ることはできない、というのも自明の理ではあるので、生き残るために変えていく、ということは常に意識しなければいけないのだが*4、「強く豊かに」というフレーズと、そこに掲げられた政策群から古き良き時代への悪しき懐古趣味以上の何かを読み取るのは正直難しい気はしている。
ということで、今回も支持できそうな政党は見当たらないなぁ・・・とため息をつきつつ、まだこの国の未来への希望を捨ててはいない一市民として、どこに死票を投じるか、あと数日、考えてみようかと思っているところである。