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「内界」の星座ーー『渡りの足跡』再々読

梨木香歩の本は

時々手に取りたくなる

 

西の魔女が死んだ』が

よく知られている

作家さんだけれど

 

鳥好きとしては

『渡りの足跡』も

はずせない

 

本の中に 

夜間に渡りをする鳥について

こんな一文があった

 

「星による定位の能力は、生後数ヶ月のうちに(中略)星空を見ることによって獲得される。幼い頃にその経験を持たない鳥は、成長してからいくら星空を見せても定位することができない」(『鳥たちの旅ーー渡り鳥の衛星追跡』樋口広芳・日本放送出版協会

***

幼い頃に星空を見た経験を持たない鳥は、成長してからいくら星空を見せても定位することができないーーつまり、自分の内部に、外部の星空と照応し合う星々を持っていない、ということなのだろう(ということは、他の鳥はそれを持っているのだ!)

自分を案内するものが、実は自分の内部にあるもの、と考えると「外界への旅」とばかり思っていたことが、実は「内界への旅」の、鏡像だったのかもしれない、とも思える。

p188-p189

 

読んで ふと思った

それは 鳥という生物種のみ

だけにとどまるのかな?

 

ううん

そんなことはないって事を

私たちは知っている

 

幼い頃に見た景色

かけられた言葉

皮膚の感覚

揺さぶられるような感情

といった

「私」の

根幹を形作っているもの

 

それら全てが

まるで 鳥たちを導く

星座のように

自分の中に取り込まれ

先へと向かう道筋の

標となり

支えとなって

 

もしや

 

人もやはり

自らの「内界」を

旅しているのかも?

 

梨木香歩が書いた

「生物が自分の適正に合った環境に恵まれるということは、恩寵以外の何物でもない」p.217

って

その通りだと思う

 

渡りをする鳥には

太陽や星空を見る環境が必要で

人間の幼児には

愛され、豊富な

環境刺激が必要

 

だけど

全ての鳥が動物が人が

環境に恵まれている訳ではなくって

 

温暖化が進み

自然破壊が進み

 

情報に溢れた

現代社会に生きる 人類も

生物としてのあり様が

薄くなりつつあるようで

 

視聴触覚全てにおいて

作り物ばかりの

「ふれあい」の乏しい社会に生きる

 

 

実は

先ほどの引用の

(中略)部分には

こんな言葉が並んでいた

 

「星による定位の能力は、生後数ヶ月のうちに天体あるいはプラネタリウム内の星座を見ることによって獲得される」

 

プラネタリウムの星座を

見ることでも

鳥たちは「渡り」の能力を獲得する

 

これがダメなら

別の何かに

代わりを見つける

 

「適応」という能力

 

そうよ

すぐそばに

体現してくれている子が

いるじゃない

 

生まれてまもなく

人を知り

人と暮らす

 

自然界に暮らすのとは

かけ離れた

人間と共に暮らす生活に

適応して

それどころか

人間を 下僕にしている例が…

 

いまも隣で 

遊ぼう! 注目ー! 美味しいものは? 

と 要求しきりの 女の子

 

彼女も やはり

自らの「内界」に

彼女なりの星座をもっている

 

 




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