曽野綾子の『絶望からの出発 私の実感的教育論』というのが、1975年、私が中学一年の時に出て、ベストセラーになったのだが、どうもうちの母も買っていたような記憶がある。私は読んでいなかったので図書館から借りてきて読んでいるが、特に絶望がどうとかいう内容ではない。単に曽野綾子は三浦太郎という、小説の題材にもした、文化人類学者になった息子を育てた経験からエッセイを書いているだけである。
しかし、教育論となるともう母親は夢中になる。ちょっとしたきっかけでベストセラーになる。最相葉月の『絶対音感』(1998)というのも、単なるノンフィクションで、大して面白くもないのだが、かなり売れた。これは井上章一さんが当時言っていたところによると、子供にピアノを習わせているような母親が、どうすれば子供に絶対音感をつけられるかと思って買ったからだという。まあだいたい、そんなところだろう。
今井むつみ・秋田喜美の『言語の本質』(2023)というのもやたら売れたが、これも、子供にどうやって言葉を覚えさせるかという教育論として売れたというのが本当のところだろう。しかし曽野の本をちょっと読んで私はバカバカしくなったのだが、子供の能力だの将来というのは、先天的素質でだいたい決っているのである。じたばたするがものはないのである。橘玲や安藤寿康の遺伝についての本を読んだほうが少なくとも読者は正しい事実を教えられるというものだ。
(小谷野敦)

