最近、
小室直樹さんについての本を読んだりして山本氏のことを思い出したのと、なんとなく
宮崎哲弥氏の「新書365冊」を読み返していたら、この本が取り上げられていたので。「一下級将校の見た
帝国陸軍」とか「ある異常体験者の偏見」「私の中の日本軍」などと同様の戦争談なのだが、面白い。このひとは骨の髄からのマスコミ嫌いなどだなということを痛感する。これは
小松真一というひとの戦争体験記への詳細な感想なのであるが、その小松氏のあげている日本の敗因21ヶ条のうちの一つが「バーシー海峡の損害と、戦意喪失」である。山本氏もまた「日本の敗滅を
バシー海峡におく」という。しかし人はレイテ戦のことはいっても
バシー海峡のことは忘れている、と。わたくしも「私の中の日本軍」で読んではいたはずなのだが、固有名詞としては忘れていた。
バシー海峡とは日本の輸送船が
アメリカの潜水艦によって次々と沈められていった場所なのである。そこは華々しい戦闘が行われた場所ではない。しかし、戦地に送られていく兵士が虚しく次々に戦地にたどりつく前に沈められていくことが、どれほど重大なことなのか、戦意を喪失させることなのか、それに思い至ることがないからジャーナリズムは
バシー海峡を無視し、もっと扇情的な記事の書けるレイテ戦などにしか関心を示さなかった、と。「戦闘皆無の戦争もありうること」への想像力を欠き、戦争をただ戦闘行為の累積としてのみ捕らえる、戦争と戦闘の区別もつかぬ愚かな存在、それがジャーナリズムなのであり、それは現在においてもまったく変わっていない、と。わたくしは今時大戦において、もしも
A級戦犯というものがあるとすれば、ジャーナリズムたとえば
朝日新聞だと思うのだけれど、
朝日新聞などがあれほど
靖国問題に熱心なのは、戦争の責任を
A級戦犯に限定することにより、自己に火の粉が飛んでこないようにしようとする意図からなのではないかと疑っている。
なんでこんな本を買ってきたのかというと、わたくしの
BMIが27だからである。別に長生きしたいと思ってそうしているわけではなく、単なる医者の不養生、暴飲暴食運動ゼロの結果であるので著者に擁護してもらえるような存在ではない。著者の推奨するマッスルデブではなく、単なるデブである。
著者の書いていることはいたって普通のことであるように思うのだが(少しくらいの肥満は気にするな、血圧も少々高くても問題ない。
コレステロールも同様、
メタボリックシンドロームなんて言葉は信用するな、
ガイドラインなどというのにあまりこだわるな)、しかし人間ドック学会などの推奨にことごとく反するので、現在の健康診断制度では著者の言い分は通らない。
こういうことを言っているからといって、アンチ医療というひとでは決してない。漢方も推奨するのだが、虚証や実証、陰と陽などの見方は曖昧でいい加減なところも多いとはっきりと書いていることろがいい。
いたって常識的でまともなお医者さんのように思えるのだが、今年度の
イグ・ノーベル賞の受賞者なのだそうである。受賞した研究は、心臓を移植したマウスにオペラ『椿姫』を聴かせると、免疫制御細胞が誘発されるというもの。そのこころは、本人の心の持ちよう、気合い、希望といったものが大切ということなのだと。価値観も、幸せの尺度も、人生の満足度も、人それぞれ、という当たり前のことが医療の場では忘れられがちなのではないの、と。
全面的に賛成だけれども、マウスは果たして『椿姫』を楽音としてきいているのだろうか? 単なる雑音ということはないだろうか、というのが疑問。