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日高敏隆さんのいろいろな翻訳

 
 1980年代に読んだ宇宙論とか数学の話を前回とりあげたが、そのころ読んだ生物系の本は圧倒的に日高敏隆さんの訳本が多かったことを本棚をみてあらためて感じた。
 
 まずA・ケストラーの「機械の中の幽霊」。おそらくいわゆる「反還元論」「全体論」「ホーリズム」に属する系統の本で一番はじめに読んだのが本書ではないかと思う。

 
 
 それから動物行動学に属する本。ローレンツの「攻撃」「ソロモンの指輪」「文明化した人間の八つの大罪」などや、アイベル=アイベスフェルトの「愛と憎しみ」など。それからD・モリスの「裸のサル」などもこの系列であろう。動物を観察しているだけでノーベル賞というのもびっくりしたし、笑顔というのが学習するものではなく生得的なものであるとか、あるいは現在ではかなり批判があるらしいが、死ぬまで殺し合いをするのは人間だけであるとかにもへーと思った。

 
 
 それからドーキンスの一連の本。「利己的な遺伝子」(これは当初「生物=生存機械論」という題で刊行された。これももっている)「延長された表現型」「盲目の時計職人」など。考えてみれば、ケストラーとドーキンスは正反対のひとである。日高さんとしては当時のさまざまな見方を日本に紹介したかったのであろう。

 
 少し、系統の違ったところでは、ユクスキュルの「生物からみた世界」。これにも決定的な影響をうけた。環境世界とかダニの生きている世界とか。

 
 一番変わったところでは、シュテュンプケの奇書「鼻行類」。こういう本をわざわざ翻訳するところが日高さんの面目躍如なのであろう。面白がる精神にあふれた人だったのだと思う。

 
 
 それからD・アッテンボローの「地球の生きものたち」。本当に素晴らしい写真集。
 

 
 日高さんというひとがいなければ、動物行動学などについてわたくしが関心をもったかどか、本当にこのひとにはお世話になったと思う。
 
 「機械の中の幽霊」の共訳者が長野敬さんで、このひとの翻訳も随分と読んだような気がしたのだが、見てみると存外すくなく、L・フォン・ベルタランフィの「生命」やバナールの「歴史における科学」を除けば、A・ブラウンの「はじめに線虫ありき」「ダーウイン・ウォーズ」くらいであった。
 長野さんの翻訳のほうが当たり外れが大きかったのであろうか? 日高さんは本の目利きでもあったのだろう。
 




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