どうもよよよです

むしろ社会がそれに対して気づくのが遅すぎた
それが労働の理想形でしょう
金が無いから働くのではなく、働きたいから働く、働くことによって他者との繋がりが生まれ幸福を感じる、労働とは最初からそこを目指すべきなのです
1日のなかで長い時間をかけなくてはいけない労働に金を求めるだけでは、苦痛な時間があまりにも多すぎるので次第に人は離れていく
個人の貯蓄が過去最高だが働き手不足での企業倒産が過去最多というニュースを見るに労働に対して見切りをつけた人間が多いということでしょう、金しか提供できない労働に価値なしと判断したということ、働かない選択ができる人間に労働が見捨てられた
これ以上、金が必要のない人間にどう労働の喜びを享受させるか?そこを考える必要があるフェイズになっている、既に労働に求めるものが変わった新しい世界では金のみのアピールポイントしかない求人は見向きもされない
そこで働く側にとって重要なのが「やりがい搾取を発生させない形で働ける」という注釈です
企業が人の社会参加欲求を利用し、給与以上に利益を抜こうとする卑怯な考えがある限り、性善説での労働の実現は不可能です、長時間残業させて人件費削減とか言ってる企業は人手不足倒産していく
そうした企業はこれから人に見放されどんどん潰れていきます、企業はそこに気づく必要があります
我々としてはこのまま労働市場に対して有利な立場を取り続けることで、企業が変わるのを待つことができる、一種の「兵糧攻め」のような形です
あくまでも余裕のある強者の立場で働くことで労働は社会とつながる役割を果たせると思いますが、働かないと食っていけない弱者老人のまま働くことは足元を見られるでしょう、こちらの優位な状況で社会との関係性を保ちつつ、搾取構造のつまらない労働はしないことを心がけることが重要です、だから弱者男性ほど金は貯めておきましょう
セミリタイアが社会の社畜労働への抑止力となるのです
闘いましょう、社会が性善説で働ける労働を実現させるまではね
例え底辺労働でも人生においての生活を充実させる「娯楽」と昇華するように社会は変わらなければなりません

都会でというなら九州でならわたしは福岡を選びます、少し郊外に外れれば家賃も安い
九州の窓口として空港から行ける航路が断トツで多いのも福岡、LCCも多く旅行の際の節約になる、都会という条件で福岡より熊本なのはなにか理由があるのでしょうか?
リタイア移住に九州なのはいい選択です、なにより温暖で過ごしやすい、北に行けば行くほど一年の通して日照時間が少なくなり気温も下がれば鬱になるのは統計で明らかになっている、わざわざ北はわたしは選びません、東京は人が多く人が冷たい陰キャに辛く犯罪も多い、沖縄まで南に行くと利便性やネット配送料が高くなるので生活費の問題がある
九州と言えば台風にたびたび襲われますが、南東から来る雨雲が九州を分断する山地が雨雲を止めてしまうので特に九州南部は雨や嵐の被害がとても多い、大分県や福岡ならかなりマシです、そういう点でもわたしなら福岡かなと思います
特別に熊本に思いいれがあれば別ですが、あとこのブログの読者でありながらなぜ杵築に移住しないのか説明を求めます

かわいいモチーフとは無縁の人生でした、お菓子作りはたまにホットケーキを作ったりはします、甘いものはダイエット中なので控えています、刺繍は無能ため手先が絶望的に不器用、芸術的な才能が皆無のため考えたこともありません
ただしかし、リタイアに関係ない質問とのことですが、いえ、もしかしたらそれはリタイアの本質的な質問なのかもしれません
わたしは物事の機能的な部分にしか興味がありませんでした、用途の目的があってそれに適合するかどうか?リタイアという目的のために生活に関わる全てを機能や価格、コスパで選んできたのです、それはリタイアに最速で到達するために最低限で生活を成り立たせるには必要でした
しかしリタイア後にはその発想をまったく逆転させて、一見ムダな装飾であったりちょっとした心が躍るような出来事を自分に起こすこそリタイア生活を充実させることに気づいたのです
その発想の逆転が非常に難しい、どちらかが得意な人間はいます
節約をガチガチにやってムダを削ぎ落として金のことも生活も機能的に合理的に生活をする人間がいる、そして一方ではお金や生活に関してはどこかで抜けているが人生を楽しくする才能があり、時にはムダ使いして彩りとして自分の好きなことで埋めることができる人間がいる
その人間性として反対に位置する才能をリタイア前後で、どちらも有していなければリタイアというのは到達し楽しむことができない
リタイア生活に到達するまでに必要な素養とリタイア後に鬱にならずに自分を楽しませるのに必要な素養、まったく方向性として逆なことが恐ろしいことです
非常に皮肉な話です、それまで自分の味方だった「合理性」が自分に牙を向けてくるのです
「ああ、これはムダだ」「これはコスパが悪い」「生活には必要ない」そうやってリタイア後にあらゆるムダを削ぎ落として生活に彩りをなくしていけば待っているのは鬱鬱しい引きこもりリタイア生活です
わたしも囚われていますが、リタイア後は合理性を捨てるリハビリが必要だと考えています、もうガチガチの節約は必要ないんだよと自分の脳に説得する
ロジックでリタイアまで到達した人間にそれ以上の合理性など必要ありません
効率化、合理的から感性、創造性が最重要な生活の転換
むしろ、いかにそれまで無駄だと断じてきたことをするか?あなたの言う通りいかにかわいいや好きなもので周りを埋めるか?いかにムダな時間を過ごせるか?そういった努力が必要なのだとリタイアしてから実感しています