どうもよよよです

楽しかったそうでそれはよかったですね
行きたいところありますか?とあるが、あったら既に行ってるんだよね、いつでも行ける立場ではある
海外旅行ね⋯ぶっちゃけ家の中が快適過ぎるんですよ、もう引きこもりで感性が死に始めてるので新しい刺激などを求めるより社会的なストレス耐性がどんどん失われてるのを感じる
言いたいことは一つですよ、なぜ金を払ってストレスを受けに行かなくてはいけないのか?
旅行って気楽な娯楽なようでめちゃくちゃ自分にやらなければいけないタスクを課すじゃないですか、経路を調べて時刻も合わせて、現地のイベントの日程、もろもろのチケットを予約して、しかもできるだけ安くしたいなとか考え始めたら大仕事
そして旅行行くのはいいんですが、家でじっとしてれば受けなくて済んだだろう、もろもろのストレスがある、行くと自分で決めたことなのに直前に憂鬱になったりするんだよ「旅行行かなきゃいけないのかよ⋯」とマリッジブルーみたいに
移動のために長い時間腰を痛めて小さい椅子に座らせられるんだろうなぁ、暑かったり寒かったりする路上を何時間も歩くんだろうなぁ、そんなに快適じゃないホテルに高い金を払って泊まるんだろうなぁ、おそらく日本のチェーン店より美味くないメシを食うんだろうなぁ、観光客なんて舐められてるから不快な態度を取られたりぼったくりの値段を提示されるんだろうなぁ
この人生を通じて自分のことを分かってきてそういうのを新しい刺激だとポジティブに捉えられない自分に気づいたんだよね
しかも俺って人より無能だしね、あらゆる行動に予約間違えとか時刻間違え、チケット取り忘れ、現地でもバス電車乗り間違え、乗り遅れ、そういうのはつきものになってくるし、それを避けようとするあまりピリピリして旅行を楽しめない、なんてことは何度もあった
現地に行ったら「困ったことにならないように事前に決めた行動以外を絶対に取らないようにしよう」と過剰に時間にハラハラしたりトラブルに敏感になったり楽しむというより、気を張り詰めて緊張しながら予定をミスなくロスなく実行しにいった、というよく分からない行動をしてるなぁと自分でも旅行中思うんだよね
俺にとって旅行は「重い」、胃もたれする
総じて自分という人間は旅行を楽しめない人間なのではないかという結論に至ったんだよな
旅行というのはかなり社会適応が必要な娯楽で社会性がない自分には向いてないのでないかと、家でゲームしてたら不快な思いしないし金もかからないしいつでも昼寝できるし最高じゃないですか

わたしの将来は安アパートに一人でクソまみれになって孤独死でしょうね、最後はそうなるでしょう、最後は惨めになって後悔して泣いてるかもしれません
しかし先行き不透明な今どき将来バラ色!何をするにしても希望が待ってる!なんて言ってるおっさんがいたらそれはただのアホです
世の中をいろいろ知ってるからこそ悲観的なおっさんがノーマルであり、人生設計においては悲観的視点でいるべきです
悲観的とネガティブと捉えられがちだがそれはより物事を客観的に見られているということ、リアリストです
わたしもリタイアまでの道程は「悲観的」な事実のもと進められその結果、成功したのです
中学生の時分から、無能だから長い間働かなくていい人生を送れるように作戦を考えよう、自分は頭が悪いから工業高校に入ってさっさと働こう、と考え、そういったあくまで希望的観測を持たない悲観的な視点を持っていたからこそ余計な遠回りをせずにリタイアを達成できました、悲観的な性格は人生において戦略的優位に働きます
ろくでもない将来しか考えられない?それはあなたがリスクを客観的にとらえられる人間だという何よりの証拠となります、その発想にたどり着くあなたはすでにそれを回避する方法にも実は気づいている、あとはそこへ向かって行動をするだけです

俺は肩こりはなったことがない、首周りの筋肉が足りないんだよ、鍛えたほうがいい
いや、ガスなし生活より絶対に毎日働くほうが辛い
俺にも「節約で耐えられないライン」というのがあるとしたら「労働より辛いかどうか」が基準になる、そして労働という魂の殺人が自分にとってあまりにも過酷なせいで、「この程度の節約なら働くより全然ましだね」と一般的にドン引きするような節約でも受け入れられてしまう
本当に労働というものが自分の中でも地獄の所業、下限の存在すぎる
まぁ乞食ぐらいなら全然やる、法的に無理だからできないだけで気持ち的には路上でゴザ引いて茶碗をおいて1日粘ることぐらいはしてもいい
こういう事を言われるたびに世の中と自分との価値観の隔たりを感じる、世の中の人って嫌だ嫌だとは口では言うけどそこまで他を犠牲にできるほど労働が嫌いなわけじゃないんだと、こいつら結局あっち側の人間なんだと、人種の違いを感じざるを得ない