ジェンダーステレオタイプに起因するジェンダーバイアスは、女性のキャリア上の昇進や給与、仕事など多くの側面においてネガティブな影響を与えます。今回紹介するBrands & Kilduff (2025)の理論論文は、ジェンダーバイアスが女性に与える影響が、対象となる本人と直接面識はないが、知人の知人といったように間接的に繋がっている(間接ネットワーク上の)人々に対しても増幅される形で伝播していくメカニズムを明らかにしようとするものです。本人を取り巻く人的ネットワークは、間接ネットワークを含めると広がりを持っています。これらのネットワーク上にいる人の多くがジェンダーバイアスの影響を受ける形で(直接面識はない)本人の評価を行うことは、ジェンダーバイアスがその人物にもたらすネガティブな影響を増大させてしまいます。
むしろ間接ネットワークの方がジェンダーバイアスの影響を大きくする理由があります。直接本人と面識があれば、本人の真の姿を知っている分だけジェンダーバイアスの影響が和らぎますが、直接本人を知らないが知人を介して繋がっているような場合には、本人のことを理解するための情報が少ないので、どうしてもジェンダーステレオタイプのような先入観を意識的、無意識的に用いようとしてしまうのです。例えば、自分の知人から、特定の人物について紹介されたり話をされるとしましょう。その際に、性別の情報が含まれないことはまずありません。「彼は・・・、彼女は、・・・」という会話になるのは当然のことです。ですので、その人物をイメージする際に、男性だからこうだ、女性だからこうだ、というステレオタイプが用いられる可能性が高まります。
中でもBrands & Kilduffが着目するのは、不協和な人間関係(dissornant ties)です。一般的に人は、人柄と能力という2大要素で他者を判断しますが、仕事における人間関係においては、人柄は良い(温かい)が能力が低いと思う人との(好きだが尊敬できない)人間関係や、逆に、人柄が良くない(冷たい)が能力が高いと思う人との(嫌いだが尊敬している)人間関係が含まれます。好きで尊敬している人との関係が望ましいでしょうし、嫌いだし尊敬していない人との自発的な人間関係はほぼ成立しませんが、職場や仕事において友情を深めるために好きだが尊敬はしていない人との人間関係は維持されがちで、職場や仕事を進める上で役に立つので嫌いだが尊敬する人との人間関係も維持されがちです。
このような不協和的な人間関係というのは、1人の人物に対して人柄に基づく好き嫌いの人間関係と能力に基づく尊敬できるできないの人間関係の両方があり(multiplex)、それがお互い不協和を起こしています。これが、間接的なネットワークを伝わっていくにしたがって女性に対するジェンダーバイアスを増幅させる効果を持っているという意味で、Brands & Kilduffは、多重性の危機(multiplex jeopardy)と呼んでいます。では、なぜこのような不協和的な人間関係による間接ネットワークにおいて女性に対してのみ多重の危機が起こるのかについて、以下で説明していきましょう。
まず、人柄が温かいと思うが能力が低いと思われている女性は、女性のステレオタイプと一貫しています。なぜならば、女性といえば共感や気配りなどの共同性(人柄としての温かみ)がイメージされ、自立性とか力強さといった競争力(能力)は弱いイメージだからです。ですので、この種類の不協和的な人間関係の対象となっている女性は、受け手が持つ女性のイメージと結びつくので、間接的なネットワークを伝わるにつれて、そのイメージが上塗りされていきます。本人を直接知らない人は、知人からの情報に女性のステレオタイプを被せることでイメージを膨らますからです。そうなると、この女性は、直接的、間接的な人的ネットワークの中にあっても、(有能でないと思われているので)仕事上重要な機会に誘われなかったりします。そうなるとこの女性は、仕事上で友好的な人脈を築いていても自分のキャリアに必要な学習機会とか昇進につながるような機会を与えられないという被害を受けることになります。
一方、人柄は良いが能力が低いと判断される(好きだが尊敬できない)男性の場合は、男性は能力が高いというステレオタイプによって能力が低いという評価が割り引かれがちなので、間接的なネットワークを伝わるごとにそのイメージが減衰していきます。つまり、知人から、この男性の能力が低いことを示唆する情報を得たとしても、それが男性のイメージと重複しないのでイメージが強化されないということです。ですので、このような男性は、直接的、間接的ネットワークにおいて女性が受けるような被害が少ないと考えられます。
次に、能力は高いが人柄が冷たいと思われている(嫌いだが尊敬する)女性は、上述の女性のステレオタイプとは逆のイメージです。そうなると、間接ネットワークを伝わっていくうちに、「女性らしくない」というイメージが本人の評価に付着し、増幅されていきます。女性であれば人柄は良いはずなのに冷酷な人だというイメージが付着していくと、嫌いという感情は伝染しやすいので、間接ネットワーク上の人々の中に不快感が広がり、社会的制裁や意図的な妨害を志向する感情が芽生えてしまいます。能力が高いことは認めるが女性らしくないので気に入らない、懲らしめてやろうということで、バックラッシュと呼ばれます。一方、同じように嫌いだが尊敬できる男性の場合は、このようなバックラッシュが起きにくいと考えられます。なぜならば、温かい人柄というのは男性に強く求められるイメージではないので、冷たい人柄であってもそこに焦点が当たりにくいからです。よって、生意気だから懲らしめてやろうというような思いが芽生えにくいのです。
Brands & Kilduffは、これまで説明したような二重の危機について、ネットワークの形状に基づく特徴についても言及しています。まず、本人を取り囲む人的ネットワークが密で、埋め込み度合いが強い場合、間接ネットワークを介したジェンダーバイアスの影響は凝縮され強烈になっていくことが予想されます。一方、本人を取り囲む人的ネットワークが密でなく、埋め込み度合いが弱い場合、ジェンダーバイアスの影響は広範囲に広がっていくことが予想されます。また、本人から見た人間関係の相手のステイタスが高かったりすると、バイアスが増幅される度合いが高まると予想されます。そしてこれらのネットワーク効果がフィードバックループを形成するため、女性はますますキャリアや仕事にとって重要な機会から隔離されたり、ますますバックラッシュを受けることで、ネットワークの中でも周辺に追いやられていきます。それを克服するために女性同士で集まることが増えるならば、今度はそれがネットワーク上で中心にいる男性集団からの距離を大きくすることになり、ますます周辺に追いやられる可能性を高めてしまうというのです。
これまで説明したBrands & Kilduffの理論から言えるのは、仮に男性と女性が全く同じ構造を持った不協和的な人間関係を含む人的ネットワークを有していたとしても、女性のみがそのネットワークから不利益を被り、周辺に追いやられるポテンシャルを持っているということです。ジェンダー平等やジェンダーダイバーシティを推進しようとする組織は、ともすると公式な組織構造や施策の策定や実行に偏りがちです。しかし、組織や社会における人的ネットワークは、インフォーマルに形成されてきます。したがって、真のジェンダー平等やジェンダーダイバーシティを目指すならば、今回取り上げたようなインフォーマルな人間関係によって女性が被害を受け、ジェンダー平等が阻害されるという特徴を深く理解し、それを踏まえたインフォールな介入を含む施策を推進していくことが求められるのです。
参考文献
Brands, R. A., & Kilduff, M. (2025). Multiplex Jeopardy: Dissonant Ties Promote Gender Bias in Workplace Social Networks. Academy of Management Review, https://doi.org/10.5465/amr.2022.0134
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