両利きの経営というと、通常は、新規事業の「探索」と既存事業の「深化」の両立という文脈で語られることが多いでしょう。しかし、お互いに対立する要素の両方を追求するという意味で両利きの経営を捉えるならば、探索と深化以外にもいろいろと考えられます。その中でも今回は、Konrad, Richard & Yang (2021)によって提唱された「ダイバーシティ」と「実力主義」の両利きの経営について解説します。いまや、企業にとってダイバーシティの推進は社会的責任でもあります。一方、ダイバーシティを進めるにあたって様々な障害があることも事実です。
例えば、社会的なマイノリティ集団(marginalized groups)を優遇することでダイバーシティを高めようとする施策は、一般的には同じ実力であってもマイノリティの人を優遇して採用したり昇進させたりするし、場合によっては、社会的マジョリティ集団(advantaged groups)に属する人よりも実力では劣っているマイノリティの人が、ダイバーシティ推進の名のもとに優遇されたりします。これは、マジョリティの人々から見ると逆差別の感覚を生み出し、それがコンフリクトにつながりかねません。また、ダイバーシティの推進が本当に企業業績を高めるのかについて懐疑的な人たちも多くおり、これがダイバーシティ推進が停滞する要因にもなります。
そこで、企業業績につながるロジックが明確で、かつ公平性を高める施策として考えられるのが実力主義です。実力主義によって、マジョリティ、マイノリティに関わらず実力のある人を登用しようとする施策は一見するとフェアだと思うでしょう。しかし、実力を発揮するにも、マジョリティ集団のほうが利用可能なリソースが豊富なので有利です。したがって、今度はマイノリティ集団の人々の不満が高まりますし、ダイバーシティが高まりません。つまり、ダイバーシティを推進しようとする施策は実力を無視してマイノリティを優遇しているという批判や不満につながり、実力主義を推進しようとすると、もともと不利な立場にあることで実力を発揮できないマイノリティが不利益を被るという批判や不満につながってしまうのです。
要するに、ダイバーシティ一辺倒の施策も実力主義一辺倒の施策もうまくいかないわけで、望むべくは、ダイバーシティと実力主義を両方追求する「両利きの経営」だというのがKonradらの考え方です。実力主義を重視することは企業業績の向上にとっても重要ですが、真のダイバーシティが実現されておらず、特定の集団にとって有利な状況が存在していると、誰にとっても公平な実力主義になりません。よって、実力主義の公平性を高めるためにもダイバーシティ施策は必要です。そもそも論でいえば、企業としては、ダイバーシティを高めつつ、実力主義を徹底することで企業業績を高めるのが望ましい。しかし、この2つの両立が簡単ではありません。なぜなら、ダイバーシティ施策はしばしば実力主義を弱めることになるし、実力主義の強化はダイバーシティを阻害しがちだからです。
ここで、Konradらは、ダイバーシティ施策には、大きく2つの方法があることを示します。1つ目は、アイデンティティ・ブラインド施策で、これは、マジョリティやマイノリティを区別せず、誰に対しても公平な施策を推進することでダイバーシティを高めていこうとする施策です。日本の大学入試を例にひくと、これまでの大学入試は、性別に関係なく学力の高い受験生が合格する仕組みなのでアイデンティティ・ブラインドです。2つ目は、アイデンティティ・コンシャス施策で、これは、様々な社会的集団を意識し、例えば特定の集団を優遇することによってダイバーシティを高めていこうとする施策です。日本の大学入試における「理系女子枠」は、特に女性が少ない理系において、女性の数を増やすために女性を優遇する入試なので、アイデンティティ・コンシャスです。
Konradらは、アイデンティティ・ブラインド施策、アイデンティティ・コンシャス施策、そして実力主義の関係から、いくつかの命題を導いています。まず、アイデンティティ・ブラインド施策と実力主義の両立は、既存の組織で高い地位にいる人々の正当性を高めることになり、マジョリティ集団に属する人々は、この施策が社会集団に関わらず公平な施策であると知覚すると考えられます。しかし、マイノリティ集団に属する人々は、そこまで公平に感じることはありません。一方、アイデンティティ・コンシャス施策と実力主義の両立は、マイノリティの人々は、自分たちに不利に働くバイアスが抑制されるので公正な施策だと知覚すると思われます。一方、マジョリティ集団の人々は逆差別の可能性を察知するのでそこまで公平だとは思いません。
つまり、ダイバーシティと実力主義の両利きの経営といっても、アイデンティティ・ブラインド施策と実力主義の両利きはマジョリティ集団の公正知覚を高め、マジョリティに支持されやすく、アイデンティティ・コンシャス施策と実力主義の両利きはマイノリティ集団の公正知覚を高め、マイノリティ集団に支持されやすいということです。したがって、マジョリティとマイノリティの両集団の公正知覚を高めるようなダイバーシティと実力主義の「両利きの経営」では、アイデンティティ・ブラインド施策とアイデンティティ・コンシャス施策が振り子のように行ったりきたりしなばらバランスをとって推進されるとKonradらは予測するのです。
Konradらは、イベントシステム理論という枠組みを用いて、ダイバーシティや実力主義に関連することで組織内外で起こる重要なイベントが、ダイバーシティと実力主義のリバランスを促すことで、ダイナミックに両利きの経営が行われるという理論モデルを構築しました。まず、実力主義が徹底されておらず、例えばマイノリティが不当に優遇されているというような知覚をもたらすようなイベントが起こった場合、その状況を是正するために実力主義を徹底するためのアイデンティティ・ブラインド施策が強化されます。一方、マイノリティに対するバイアスが存在するなどによってダイバーシティが推進されていないという知覚をもたらすようなイベントが起こった場合、それを是正してダイバーシティを高めるためのアイデンティティ・コンシャス施策が推進されます。
しかし、次が重要な命題です。意思決定者は、実力主義が脅かされた場合にアイデンティティ・ブラインド施策を強化する度合いのほうが、ダイバーシティが脅かされた場合にアイデンティティ・コンシャス施策を強化する度合いよりも強いというのです。同様に、意思決定者は、実力主義が脅かされた場合にアイデンティティ・コンシャス施策を弱める度合いのほうが、ダイバーシティが脅かされた場合にアイデンティティ・ブラインド施策を弱める度合いよりも強いというのです。組織としては、一般的にこのような傾向があることを認識しつつ、やはりダイバーシティと実力主義の両立が重要であることを訴え続けることで両利きの経営を実践することが望まれるでしょう。
参考文献
Konrad, A. M., Richard, O. C., & Yang, Y. (2021). Both diversity and meritocracy: Managing the diversity‐meritocracy paradox with organizational ambidexterity. Journal of Management Studies, 58(8), 2180-2206.