現代語訳 真言安心小鏡 懐圓
(2003年5月8日 初版第一刷発行)
真言宗大覚寺派 徳島青年教師会編
発行所 銀匙社
78頁〜82頁
惑問 巻之九
光明真言の正しい誦え方
略
因みに記しておきましょう。常陸の下妻新地町に秋葉太郎兵衛正次という人がいました。十六歳のときに武蔵真福寺の隆鑁和尚に光明真言を授かり、六十歳になるまで毎朝四時に起きて手を洗い口を漱(すす)いで、仏前に灯明をあげて光明真言を誦えることを怠りませんでした。そのように殊に志したのは、亡父の宝岳道春信士の菩提のためです。
ある晩、夢に亡父が現れました。荘厳な衣装を着て微笑みながら「おまえが私のために光明真言を誦えてくれる功徳で、私は今、苦界を出て極楽に往生した。今より後もなお信心を怠ることのないように」と正次に告げ終わると、亡父は紫の雲に乗って帰っていきました。それを見たところで正次は目が覚めました。
この時より、いよいよ志を励まして、昼も夜も続いて誦えるようになりました。
また、正次の母妙貞も常に光明真言を誦えて日課を怠らなかったのですが、ある秋、病の床につきました。ある日、子孫を呼び集めて、「私は最早臨終の時期が来たらしく、阿弥陀如来様が私の前に現れた。荘厳端正なお顔で、金色の光明が照り輝いている」と言うと、ただただ光明真言を誦えつづけました。
昼時になって、「また阿弥陀如来様が迎えに来てくださった」と言って、合掌して坐したまま亡くなると、空から花が降って軒のまわりに散り、不思議な香りがひろがって家の中が薫郁(くんいく)となりました。
その頃、このような往生の奇瑞(きずい)を現に見た人で、光明真言を信じて誦えない人はなかったそうです。
真言陀羅尼や、お経、念仏をいつも誦えて、臨終に花が降り不思議な香りが薫じ、聖衆が来迎された様子などは、この老母の話に限らず、諸書に多く記されています。このように臨終にめでたい奇瑞のあることは、過去世の善根が厚い信男信女が、年来忘れず誦え続けた功徳が積もった自然の感応であって、奇端を願い求めた結果ではありません。このような奇端を願い求めれば、却って魔障があって往生の妨げとなるでしょう。
また、このような感応が得られなければ往生を遂げられないのではと疑うべきではありません。臨終の有り様はどうあれ、信心だけを忘れずに続ければ、往生は決まるのです。
もし臨終のときにどんなに尊いことがあっても、またどんなに恐ろしいことがあっても、それに心をとらわれてはなりません。ただ一心に光明真言の一字一句を誦え念じれば、仏の願力に乗じて速やかに往生を遂げることは、例えば大きな石も船に乗せればたやすく向こう岸に至るようなものです。
櫓(ろ)もかいも我とはとらじ法(のり)の道ただ舟主にまかせてぞゆく

寳山寺 山越阿弥陀図(持寶庵蔵)