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現代語訳 真言安心小鏡より その2

現代語訳 真言安心小鏡 懐圓
(2003年5月8日 初版第一刷発行)
真言宗大覚寺派 徳島青年教師会編
発行所 銀匙社
72頁〜77頁

惑問 巻之八
光明真言の意味

 ある人が質問しました。
問──光明真言は一切如来の真実本願神変加持の不思議な法であり、阿字の光明が説かれ、一切の功徳をすべて具えていると言われていますが、それはどのような意味なのでしょうか。
答──光明真言の功徳が広大無辺であることは、諸仏のすばらしい言葉をもってしてもそのすべてを説明することはできないほどです。ですから、私のような凡夫が口にすべきものではないのですが、ためしに恒河沙(ごうがしゃ)の中のほんの一粒の塵のような一例を挙げて、光明真言について述べてみましょう。

 光明真言というのは、大日如来と一切如来が各々(おのおの)五智の光明を放って九界の闇を照らしてくださる神変加持の不思議な法です。そのため、わずかその二十三字の中に阿字の功徳をすべて具え、五部三部の一切の仏法を収め尽くしています。

 五部の諸尊についてその意味を解釈しますと、初めの「オン」とは帰命の意、供養の意、驚覚(きょうかく)の意、摂伏(しょうぶく)の意、三身の意です。この五つの功徳を衆生に円満させようとする仏の御誓願のお言葉なのです。

 そこでまず三身の意味から説きますと、それは法身・報身・応身の三つのことで、これらは阿字が具えている法爾法然(ほうにほうねん)の功徳です。諸仏がみな阿字を覚(さと)り、この三身の功徳を円満しているように、衆生にも阿字を覚らせてこの三身の功徳を円満させられるということです。

 摂伏の意とは、阿字に折伏摂受(しゃくぶくしょうじゅ)の功徳が具わっているので、光明真言を誦えると自ずから悪魔や邪鬼を降伏し、仏の道に背(そむ)く者を正しく導き帰依させるということです。

 驚覚の意とは、春の雷が冬ごもりしている虫を起こして土の外へ出させるようなもので、阿字には一切衆生の仏性を呼び覚ます功徳があります。ですから、光明真言を誦えれば自ずと自性(じしょう)の光明が顕れて、速やかに悟りを開くということです。

 供養の意とは、阿字には一切供養の功徳があるので、光明真言を誦えれば知らず知らずのうちに十方の諸仏に香花(こうげ)、灯明(とうみょう)、飲食(おんじき)など種々の供養をお供えすることになるということです。

 最後に帰命とは、「オン」と誦えると、自ずから阿字第一命の体(たい)に立ち返り、諸仏に身命をもお預けし、お頼みするという真実の心ができるということです。

「アボキャ」とは、不空の意で、空(むな)しからずということです。阿字は一切諸法を生み出す根源であり、天地法界、諸仏諸神、一切衆生、草木国土、すべてが生き生きと感じられます。阿字から生まれる所を「アボキャ」と説き、現世や後生の諸願を必ず成就させようとしてくださる御誓願のお言葉です。

 阿字に大日如来不動明王らの功徳が具わっている所を「ベイロシャノウ」と説き、これを光明遍照と言っています。これは大日如来が阿字の光明心殿を開いて遍(あまね)く法界を照らし、三世常恒(さんぜじょうごう)に加持護念してくださるという御誓願のお言葉です。

 阿字の中に阿閦(あしゅく)如来薬師如来普賢菩薩降三世明王らの功徳が具わっている所を「マカボダラ」と説き、これを「大印」と言います。これは印可決定のことで、私たちを必ず成仏させようと印可される御誓願のお言葉です。

 阿字の中に宝生(ほうしょう)如来虚空蔵菩薩文殊菩薩地蔵菩薩軍荼利明王らの功徳が具わっている所を「マニ」と説き、これを如意宝珠と言っています。これは如意宝珠が一切の宝の雨を降らせて衆生の求めに応じるように、現世や後生の諸願を満足させようとする御誓願のお言葉です。

 阿字の中に阿弥陀如来観音菩薩勢至菩薩の三尊をはじめ、准胝菩薩、随求菩薩、大威徳明王らの功徳が具わっている所を「ハンドマ」と説き、これを蓮華と言っています。これは蓮華が淤泥(おでい)に染まらないように煩悩に染まらず、諸人の愛敬(あいぎょう)を得て、後世は浄土の蓮華に化生(けしょう)させようとする御誓願のお言葉です。

 阿字の中に不空成就如来、釈迦如来、多宝仏、弥勒菩薩、金剛薬叉明王らの功徳が具わっている所を「ジンバラ」と説き、これを光明と言っています。これは日月の光明が世界の闇を照らすことができるように、阿字の光明が煩悩の闇を照らして速やかに仏智を証じさせようとする御誓願のお言葉です。

 阿字の中に災難を転じて福徳を生じ、貧しさを転じて豊かさを得、短命を転じて長寿を得、愚痴を転じて智恵を得、悪趣を転じて浄土となし、煩悩を転じて苦提を証ずることがたやすくできる功徳がある所を「ハラバリタヤ」と説いています。「ハラバリタヤ」とは転(てん)の意、易(やく)の意、易(い)の意であり、転じて改めることがたやすいという意味です。この光明真言を誦える人は、災難を転じて福徳となし、貧しさを転じて豊かさとなし、短命を転じて長寿とし、愚痴を転じて智恵とし、悪趣を転じて浄土となし、煩悩を転じて菩提となすことがたやすくできるようにしようとする御誓願のお言葉です。

 阿字の中に愛染明王青面金剛、鳥瑟沙麽(うすさま)明王、大黒天、毘沙門天、摩利支天、弁才天、日天、月天、諸宿曜諸神の功徳がある所を「ウン」と説いています。ウンの字には自在能破の意、能満願の意、歓喜の意などがあり、すべて阿字に具わっている功徳です。この光明真言を誦える人は、阿字の自性に達して菩提心を証し、一切如来の擁護を受けて大力を得、自在にすべての天魔、邪神、悪業、傾悩を破ることができ、一切の願を成満することができ、速やかに大覚の位に登って大歓喜を得ることができるようにさせようとする御誓願のお言葉です。

 このように、諸仏諸神の功徳はみな阿字に具わっており、光明真言二十三字にすべて包含(ほうがん)されている旨は、両部の大経及び諸秘経密軌の中に広く明らかにされており、いちいち申し上げるいとまがないほどの多さです。

 光明真言に収められる法のうち、三部の法についてそのあらましを解釈しますと、宝部の一切の経・陀羅尼──大仏頂、尊勝、宝篋(ほうきょう)印陀羅尼、『華厳経』などはみな阿字の功徳を説いており、その功徳をすべて「マニ」の句に加持して収めています。

また蓮華部の一切の経・陀羅尼──阿弥陀大呪、千手陀羅尼、准提の真言、随求陀羅尼、『法華経』『阿弥陀経』などは、みな阿字の功徳を説いており、その功徳をすべて「ハンドマ」の句に加持し収めています。金剛部の一切の経・陀羅尼──『理趣経』『心経』『仁王経』『金剛経』『大般若経』などは、みな阿字の功徳を説いており、その功徳をすべて「ジンバラ」の句に加持し収めています。

 このように、一切経陀羅尼はみな阿字より出ており、その功徳はすべて光明真言に具わっています。ですから、『金剛頂経』には「阿字は菩提心種智の本源。是れ一切字の母なり。十方三世の仏の所説の一切の法も此の字体に非ずという事なし。わずかに念ずれば即ち一切如来の法を称するに同じ。此れ性成の密言なり。三世の仏の法教はみな広く此の字を明せり。其義説くとも窮め難し」と説かれているのです。また『不空羂索経』では、光明真言について「不空一切如来不空毘盧遮那如来、為に母陀羅尼印三昧耶神通法品を受け給う。而(しか)も最も第一なり」と説いています。

 ですから、一切経、陀羅尼、真言、念仏、題目の中でも光明真言が第一です。その光明真言の中でも「オンアボキャ」の一句が第一です。「オンアボキャ」の中でも「阿」の一字が第一に肝心ですから、常に光明真言をひたすらに誦え、もし光明真言をすべて誦えるのが難しいときは「オンアボキャ」の一句を誦え、また「オンアボキャ」とも誦え難いときは、ただ「アボキャ」の「阿」を心の内にて誦え念ずるのがいいでしょう。その功徳はともに甚深なもので不可思議なものです。

  水の面(も)に光をわけてやどるなりおなじ御法(みのり)の秋の夜の月




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