文殊師利大乗仏教会 DREPUNG GOMANG JAPAN様のpostより
https://x.com/mmbaoffice/status/1959039272943784330
来世でも人間に生まれますように、と思い真言を百遍唱えて、来世で人間に生まれることが出来れば、真言を唱えた功徳はそこで完成して尽きてしまいます。
しかし輪廻から解脱出来ますようにと思って真言を唱えれば、解脱するまで人間に生まれてもその功徳が尽きることはありません。
しかし一切衆生を仏の境地に導けますように、と思い真言を唱えれば、その功徳は一切衆生が仏の境地に至れるその時まで功徳が尽きることがないのです。
虚空が尽きるまで、衆生が尽きるまでその功徳は尽きることはありません。
何故ならば目的が完成していないからです。
業とその結果にはそのような原理があるからこそ、私たちは自分だけが今生で何かが実現しますようにとお祈りするより、一切衆生を仏の境地に導けますようにとお祈りする方が、より広大な功徳を積めるということになるのです。
大乗の精神とはこれを目指しているものです。
同じことを逆の罪業で考えると分かりやすいです。
ひとりの人を殺そうと思うよりも何人も、何千人も、何億人も無差別に殺そうと思っている方がより良くないのですし罪は重いのです。
善業の場合も自分一人でなく、一切衆生が幸せになれますようにと思う方がいいのです。
#ダライ・ラマの教え
「虚空尽き、衆生つき、涅槃尽きなば、我が願いも尽きなん」
ダライ・ラマ猊下のお言葉を通して、お大師様の後ろ姿を拝見した気持ちになりました。
有難いことです。
南無大師遍照金剛
合掌