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正しい信仰の基準 あとがき

佐伯泉澄『真言宗の正しい信仰の仕方』(真言時事株式会社、1987年)55ページ〜56ページ

 新興宗教には、それなりのよいプラス面がある筈ですが、また反面時々そのマイナス面を聞くことがあります。そこでどうして宗教という名がついているのに、入信している人達を恐怖に陥れるような破目になることがあるのか?を考えてみる必要があると思っていました。
 そして私なりに考えていることは、
 (1) 因縁の論理だけでは片手落ちで、因縁を越えた、本有本覚の仏様の光明に照らされる果上の立場に立つ教えが必要だ、と思うようになりました。
 (2) また霊能力の限界というか、霊能に対して盲目的に信頼することは危険であることを、知るようになりました。
 従って因縁や霊に対して、恐怖をいだかせるような教えと指導は、因縁の現象面に縛られている一方的な教えではなかろうか、と思います。そんなものに縛られる必要がないというのが、大乗仏教の「空」の教えだと思うのです。お大師様の真言密教は、因縁を越え、霊を越えた「大空三昧」の底から、再び因縁と霊を包んで、お救いくださる尊いみ教えと思います。


弘法大師御影




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