
『夜が明けるまで』(1980年)マヤ・ヴォイチェホフスカ作 清水真砂子訳 岩波少年文庫
TILL THE BREAK OF DAY Memories:1939-1942 by Maia Wojciechowska,1972
これは、強烈な物語!自伝だというからますます強烈。
何にびっくり、って主人公の気性の激しさ&性格の悪さですよ。この物語は、産経児童文学賞を取って入るのですが、猪熊葉子さんは推したものの、他の選考委員の方たちから、「こんな性格の悪い主人公のものに賞を取らせてよいものか」とずいぶんもめたそうです。・・・分かるわ~。
私自身は、主人公の気持ちは全く共感できないし、お友だちにもなれないと思うのですが、それでもこの主人公はある魅力を放ってるんですね。すさまじいまでのエネルギー。もはや清々しくさえ感じるプライドの高さ!
この物語を待っていた!という子はゼッタイにいるハズ!と翻訳した清水さんもおっしゃってましたが、この物語に救われる子いるんだと思います。常に周りと戦い続けてしまう子、ひねた目で大人を見る子(実は冷静な視点なのだけれど)・・・。ここまで極端ではないけれど、でも身近にも似たような感覚の子がいて、あああの子の内面はこうなっていたのかあ、と。
いま読む人がほとんどいないと聞いて残念だけれど、一読に値する名作!
≪『夜が明けるまで』あらすじ≫
十二歳の〈わたし〉にとって、大好きな子犬を撃ち殺したドイツ兵を見つけて仇を討つことーそれが戦争のすべてだった。だが、祖国をおわれヨーロッパを転々とするうちに、〈わたし〉にも戦争の真の姿が……。1939年のポーランド脱出からアメリカ上陸あでの作者の亡命生活をもとに、一少女の成長の過程を描く異色作。
以前紹介した『ナオミの秘密』のナオミと同じく亡命生活を送る主人公のマヤですが、同じ亡命とは思えないくらい、こちらは優雅です。父親が空軍参謀総長なので、色々優遇されてるんですね。ナオミと比較すると、いかに環境的に恵まれていることか。でも、そんなの葛藤期にある主人公には関係ない。もがき、苦しみ、思春期にある子どもにとって、これは時代を超えて共通するもの。
■子どもたちはみな戦争が嫌い?いえいえ!
清水真砂子さんの講演会でとっても印象的だった言葉。ちょっとうろ覚えですが、
“もし子どもたちが日常の機微に喜びを感じることができないのなら、太陽を肌で感じて楽しむことができず退屈しているのなら、子どもにとって一番刺激があって面白いのは「戦争」になる“
というようなこと。
子どもはみな大人の戦争の犠牲者で、戦争を嫌っているでしょうか?いえいえ。このマヤや兄のズビシェックは明らかに戦争を楽しんでいます。自分たちも敵にどんどん仕掛けていきます。まるでゲームのように。読んでいてゾッとするほどに。だからこそ、この物語には真実味があるんです。そうきれいごとだけじゃいかないよ、ってね。
大人がすべきこと、大事なのは、子どもたちに今生きていることの喜びを十分に味わってもらうこと。今生きてることがつまらなかったら、それをひっくり返したくなるのが人間。そして、それは全てをひっくり返す戦争につながりかねない、という児童文学者で翻訳家のさくまゆみこさんの言葉も思い出しました。
■危うい危うい思春期
マヤは友だちを必要としない分、自分が惚れ込んだ人には危ないくらい傾倒します。父親、兄、そして謎めいた美しい奇人ヴォルスカ夫人・・・。
思い込みも激しく、相手に思い入れも激しい分、憎しみも大きい。非常に非常に危うい。この手のタイプは自死してしまうことも多いでしょう。でも、マヤはギリギリ、ほんとにギリギリのところで持ち直します。兄のある言葉がきっかけで。え!?!?とこちらがついていけないくらい、あっさりと、突然霧が晴れたかのように転換してしまうのです。
前に進めるのか、自らの人生を終えてしまうのか、ホントに紙一重。
成長したいと思う向上心 - これなんじゃないかな、マヤを救ったのは。
大人になる前の暗黒期を、手探りで生きている思春期の子たちにぜひ手渡したい。
忘れられない強烈な一冊となりました。