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今日の一冊も、先日に続き、屋根つながりです。
原題はROOF TOPPERS。屋根の上の人たちって、いったい何ぞや!?
屋根の上でチェロを弾いている女の子の表紙絵に惹かれ、手に取った一冊です。
逆境を描いてますが、楽しいし軽く読めます。
物語の出だしは、え?タイタニック!?
舞台は19世紀末。沈みゆく大型客船から、チェロケースに入れられて海に浮かんでいたところ最後に救助された赤ん坊。同じく船に乗っていた若き学者のチャールズに引き取られ、ソフィーと名付けられます。
学者って、どこか永遠の少年少女のようなところがありますよね。そして、奇人変人と紙一重(そりゃそうだ。凡人じゃないから学者になれるわけなんだから)。
チャールズもしかり。“子どもから見たら”とても魅力的です。ええ、子どもからであって、大人から見たら顔をしかめる生活なので、当然児童保護協会からは目をつけられます。
いやあ、楽しい!
チャールズとソフィーのはちゃめちゃな生活は、まるで『長くつしたのピッピ』とか映画『チキチキバンバン』のようなはちゃめちゃさ、楽しさ。これは、子どもの憧れですわ。現実的に考えると、私も児童保護協会寄りになるんでしょう。だって、不衛生極まりない(笑)。でもでも、これは“お話”だから、純粋に楽しい。こちらの絵本も思い出しました↓

灰皿や花瓶をお皿替わりになんて、実際に見たらありえないくらい嫌だけれど、子どもの頃はめちゃめちゃワクワクしてこの絵本が大好きでした。
とはいえ、チャールズだってさすがに大人なので、ソフィーの行動が理解しがたかったりすることもあるんですね。船で母親がオーケストラの団員としてチェロを弾いていたのを覚えている、母親は生きていると信じているソフィー。さすがにそれは……という言動をされたときも、彼はただソフィーを手伝う。そして、
“人生の可能性を無視してはならない”
と教える。
はちゃめちゃに思えるチャールズですが、子育てのお手本にさせてもらいたい姿勢も。例えば、児童保護協会の女性から女の子用と男の用のボタンの位置をキーキー指摘されると、チャールズはこんな風に言い返します。
「ボタンのことを知らないのが、そんなにおどろきですか?ボタンが国際情勢で大きな役割を担うことは、ほとんどありませんが」P26
ああ、このおおらかさよ。
私自身は、長男のときは、こんなおおらかでいられなかったなあ。次男、三男と続くにつれ、徐々にどうでもよくなってきて、おおらかになりましたが(笑)。
さて、そんな二人はいよいよ引き離されそうにな状況になったので、ソフィーの母親を探しにフランスへ逃亡することに。
ここからは、また違った意味で面白くなります。つかまらないように身をひそめながらの母親探し。実にスリリング!
そしてここで、フランスの地で、屋根の上の子どもたちとの出会いが始まるのです!
きっと、この時代、こんな子たちいたんだろうな。そう思える不思議なリアリティがあります。パリの夜空を駆け抜ける子どもたち。すごく好きな光景だったなあ。
貧しいし、そんな風に思うのは不謹慎かもしれないけれど、そこにはある種の“自由”があって。不便かもしれないけれど、なんだか“息苦しさ”はなかった。
チャールズが差し入れしてくれて、屋根の上でご馳走を食べる場面なんかは、小公女セーラのあの場面を思い出しました。こちらは屋根裏部屋どころか屋根の上だけれど(笑)。
たまらなく、美味しそう!!!
ただね、大人が読むと、こんなにもチャールズが自分のこと犠牲にして世話して育ててくれているのに、やっぱり母親がいいんだ、血のつながりが大事なんだ、と複雑な気持ちにもなります。ところが、ソフィーが母親を思い出しながら母の絵を描いている場面で、次のように述べられていてハッとしたんです。
お母さんはだれにも必要な、空気や水みたいなものだとソフィーは思った。絵にかいたお母さんだって、いないよりはまし。空想のお母さんでも。お母さんは、心を落ち着かせるための場所だ。そこで休んで息を整えるための。P88-89
チャールズがかわいそう、って思ったけれど、そっか、空想でもいいんだ、って。
サンタクロースと一緒なんだ。誰しも母親の部屋を自分の心に持っておけば、そこで休んで息が整うんですね。
途中やラストは、そう都合よくはいかんだろうと正直思うところも多いです。
あ、『オオカミを森へ』と同じ作者だと知ってちょっと納得。
オオカミを読んだときも似たような感想を持ったから。
今回の物語は、それでも好きでした。
夜空の下の屋根の上の世界の広がりも、体験(疑似だけど)の価値あり!
高所恐怖症の私でも、物語でなら大丈夫でしたから(笑)。ぜひ。