
『ニングルの森』倉本聰著 黒田征太郎画 集英社
つくづく、読書って出会いの時期があるなあ、って思う。
この本は個人的には学生時代に出会っていたら共感の嵐だった・・・かもしれない本。けれど、色んな考えを経て、今の私には共感とともにところどころ違和感も覚えたので、本日の感想ブラックでございます。純粋に感動したい方は、お読みにならないようお願いします(笑)。
『北の国から』の脚本で有名な倉本聰さんの初の童話。ニングルとは、北海道の森にわずかに生存する少数民族で、妖精などとは違います(ということになっています)。倉本さんいわく「いずれもニングルが僕にぶつけてきた、人間社会への素朴な疑問を、お子様たちにも判るように、できるだけ平明に文にしたもの」とのこと。小学校中学年からかな。人間社会、どこかおかしいですよ、というメッセージ本で、人間から離れて暮らしているニングルの民に、長が人間について語り、民が驚くという内容。あ、これ和製『パパラギ』だ!って思いました。

『パパラギ はじめて文明を見た西サモア酋長の演説集』
エーリッヒ・ショイルマン著 岡崎照男訳 SBクリエイティブ
パパラギは副題にあるように、初めて文明にふれた西サモアの酋長が酋長の目線から見た文明を語った、痛烈な文明批判。目次で大体内容が分かるかも↓
*パパラギのからだをおおう腰布とむしろについて
*石の箱、石の割れ目、石の島、そしてその中に何があるかについて
*丸い金属と重たい紙について
*たくさんの物がパパラギたちを貧しくしている
*パパラギにはひまがない
*パパラギが神さまを貧しくした
*大いなる心は機械よりも強い
*パパラギの職業について--そしてそのために彼らがいかに混乱しているか
*まやかしの暮らしのある場所について・束になった紙について
*考えるという重い病気
*パパラギはわたしたちを彼らと同じ闇の中に引きずり込もうとする
『パパラギ』読んだのは中学生か高校生のときで、当時は衝撃だったなあ。時間に縛られたくなくて、遠距離電車通学で時計必須なのに、これ読んで以来腕時計がつけられなくなってしまったり・・・意外と純粋な私。今の世の中なんだかおかしいぞ、と感じていたその当時の私にはビンゴ!な本でした。『ニングルの森』もその当時読んでたら、ビンゴだったかもな。
でもね、そう思って、実際文明に批判的な視点を持っている人たちと、いっぱい出会ってきたのですが・・・、あれ?あれあれ???
結論からいうと、彼らの世の中みんなおかしいという「批判的な空気」というものに私は疲れてしまったんですね。そして、“清貧”もなんか違うぞ、と。そう謳ってる人たちの大半は、清くはなかった(笑)。
一周まわって、今では私は「お金LOVE」ですし、どんなに愚かでも「い~い~な~、い~い~な~、人間、ってい・い・な♪」(日本むかしばなし風)と思う今日この頃なのでございます。
もちろん、今でも暴走するな、人間!とは思ってます。思ってはいるけれど、うーん、発展していくこともやっぱり素晴らしいことであって。バランスなのかな。
ちなみに富良野のプリンスホテル内に、ニングルテラスというショッピングエリアがあって、見た目が素敵なので行ってみたいな~、と思っていました。この本読むまでは。なんかね、読んだあとは、人間社会おかしいって言っておいて、ショッピングエリアかい!ってツッコミたくなっちゃって。
多分ね、私は物語を通して「自分で気づかされる」のが好きなんだと思います。『モモ』みたいに。だから、作者側が読者に「伝えたい!」という思いが前面に出ている、こういう直接的なメッセージ本だと素直に受け取れないのかも。
と、ブラックなことをツラツラ書きましたが、いいなあと思うところも、たくさんありました。森の木は、海の匂いを嗅ぐと元気になるというところとか。自分たちの生命の木が伐採されるため、死ぬ運命にあった、先代長の次の名演説とか。
「人間を決して恨んではいけない。人間は倖せになる為に、畑を増やそうと森を伐るのだ。わしらは地上の他の生き物、熊や花や木々の倖せを祈るのと同じように人間の倖せを祈ろうではないか。木は倒れ、地に腐り、新たな木のための苗床となる。我々も死んで地に還り、次の生き物のこやしになろうではないか」
暴走はいけない。私たち人間は、色んなものたちの「おかげさま」で生かされていること、忘れちゃいけないなあ。