
突然の事故で両親を亡くし、過保護で育った実日子は一人では何もできない大人だったことに気づきます。
そんな時、叔母が自宅に転がりこんできて‥
波長が合わない実日子は体調に異変を感じ1人暮らしを決意。
【ネバーランドの向こう側】感想
誰かに聞いてもらう
個人的にとてもお気に入りの本。
本の内容を引用した感想です。
(※ネタバレ注意)
後で言葉にするには遅すぎる。
今、この瞬間の自分を見て欲しいから。
とてつもなく辛いときや腹が立った時こう思います。
その時に言い返せなかったこと。腹がたった時は、つい誰かに聞いてもらいたいもの。
「聞いて~!!」から始まって、一通り話すとスッキリすることって結構あると思う。
でこぼこコンビ
タイプこそ違うかもしれないけれど、だいじなのは、この人と上手くやっていきたいっていう歩み寄りの気持ちと適度な諦め。
人間関係なんて、わかりやすい物差しではかれるものじゃないと思う。
「おしゃべり」と「ひっこみじあん」。
正反対もいいところ。会話を聞いてるとかみ合ってないことも多い。
当然気の合わないところもある。
けどあら不思議、意外とうまくいっている。
そういえば、自身の友人も正反対の性格の友人が多いかも。
自分のいう事を聞かせるのではなく、お互い自由だと案外うまくいくもの。
本当の友だち
ジュースと引き換えにできた友達のように思えてしまう。
ジュースをおごることで居場所を確保しているというか。そのジュース代を捻出するために生活を切り詰めてるようにも見えて、すごく、心配。
大学で友人作りに出遅れて、何やら怪しいセミナーに身をおく隣人サイトーくん。
そんなサイトー君を救うべく、実日子は勇気を出していう部分は非常にカッコいい。
人と深い関係を結びたい時大切な事は、まずは歩み寄ること。
自分の弱点をさらすこと。
そしてその人に何をしてもらいたいかではなく、何をしてあげたいかと考えることなんだと思います。
見た目は大事?
わたしをここに誘わなかったのって、サイトーくんなりのやさしさなんだよね、きっと。
新田さんならきっぱり断れるけど、わたしは押し負けちゃうから。
見た目は大事だと思います。
それは、人が他人から受ける情報の多くが言葉の内容ではなく、表情、声のトーン、身だしなみなどから得られるからです。
けれど、本当に強いかどうかは正直なところ、なってみないと分からない事って多いと思います。
実日子の場合、確かに普段押しが弱いし過保護に育ちましたが、しっかりとした軸があるので、「ここぞ」という時その軸の強さを発揮できる。そう思いました。
自立とは
実は最初この本を読み始めた時、(わぁおもしろい!)と思ったのと、(えっ実日子だいじょうぶ?)と思いました。
親が子どもにできることは、子どもが自立した主導的な人になるように育てることだと、精神科医がある記事で書かれていました。
では、自立とはどういうことでしょうか?
そして自身や自身の子育てを振り返りました。
親というのは、子どもに一刻も早く自立してほしいと思いがちです。
私はそうでした。
「早く片付けて」「早く食べて」
早く!!早く!!
いったい何にせかされてたのか分からないけれど、常に時間に追われている感じがして子供に「早く着替えて」「早く寝て」と言っていた気がします。
子どもに見の周りのことを1人で出来る様にしたいのが親。
実日子の場合は、30歳になるまで全て身の回りの世話を母親がやっていたみたいですが(さすがにこれはどうかと思いますが)
私の場合、親のやることを減らすと楽になるから、「自分で自分のことをすること」が自立なのだと思っていました。
だから、今まで親にやってもらっていたことを、「なんで、できないの」と言ってみたり、「もう大きいんだから自分でできるでしょ」と言っていたのだと思います。
その理由は、子どもにやってあげるのが面倒だから。
けれど、子どもの気持ちになって考えてみると、今まで親にやってもらっていたことを時々甘えてやってもらったりしたかったのかもしれません。
本当は出来るけれど、子どもは親に甘えたかっただけなのかもしれません。
上手く言葉に出来なくて、言えなかったのかもしれません。
それを「自分でできるでしょ」と言ってしまって、子どもは甘えたい気持ちを拒絶されて寂しい気持ちになっていたのかなとふと思ってしまいました。
実日子は他人に甘えるのが上手です。
過保護な部分は確かにありますが、もしかしたら、充分に両親からの愛情を受け、他人に甘えることが出来て心に余裕がある人なのかもしれないと思いました。
「全て自分でしなければ」と思うと気が抜けないし、大変だけれど、人に頼れると思えることは安心感を得られます。
実日子のように、充分に心の余裕があって分からない事があれば人に頼ることが出来る。
実際に頼ることがなくても、いつでも頼っていいんだという心の余裕は生活していく上で大切なことなんだと思いました。
結局子育てする上での自立とは、子どもが成長したときに、自分の頭で考えて自分の意思で進んでいるか?ということ。
そして、いつでも安心して帰れる場所があるということなんだと思いました。
人はみな孤独
わたしも孤独でじたばたしてる側の人間だからさ、サイトーくんが欲しいもの、なんとなくはわかるよ。
それをわたしがあげられるかはわからないけど、いろんな人と一緒につくっていきたいとは思う。
もちろんサイトーくんとも。
”高み"もいいけどさ、いろんなところにもいかない?それで、自分のジュースは自分で買って、乾杯し合うの。
そのほうが、ずっと楽しいと思う。帰ろうよ、サイトーくん
ネバーランドの向こう側 | 佐原 ひかり著 | 書籍 | PHP研究所
こんなこと言ってくれる人はなかなかいないと思います。
孤独に効く薬は残念ながらありません。
人はみな孤独なんだと思います。
今の社会では、何かしていないと飲み込まれそうな不安や怖さがあります。
将来確実に役にたつ何かを持っていないと生きていけない。みたいな感じ。
けれど、自分の好きなこと。
例えば、ダンス。
発表することはないけれど、一生懸命踊るとか。
私のように世界遺産を学びながら、ブログでアウトプットしたり、学んだ場所を訪れたり。
周りから見ると「なんでそんな無駄なことしてるの?」って思われるかもしれないけれど、本当に自分がやりたいことだから。
やっていて楽しいし、1人でも読んでくれる人がいる。
そんなことを積みかさねていった時に、自分が歩んできた道が出来ていくんだということをようやくこの年になって分かりました。
人それぞれ違うから、その人なりの受け入れ方をただただ模索していくしかないのだと思っています。
そして親は子どもに「あなたのやり方で最大限尽くせばいい。無理はしなくていい」そう伝えることが大事なんだと思います。
「全部自分でする事が大事」だと教えていると、知らない間に子どもを追い詰めてしまうことになってしまうかも。
子どもは親の期待を一身に受ける恐れがあります。
「親の愛情が深いがゆえに、良い人生を送ってほしいと、いろいろなことをしてくれた」と実日子は肌で感じているはず。
ただ一つ注意。
「自立」と「甘え」は違うということ。
自分のことは自分でやる。
これは何歳になっても同じだと思います。
両親が走る安全なレールの上を走るのではないということ。
「親」の人生と「子ども」の人生は違うもの。
親は子どもを1人の人間として客観視し、寄り添えるようになればいい関係になれるのだと思いました。