
だってだってと言い訳ばかりしていたおばあさん。
ある日、ねこちゃんに頼んだろうそくが足りなくなって…
気持ちが若くなったおばあさんはどんなことに挑戦するのでしょう。
【だってだってのおばあさん】あらすじと感想
あるところに立っているちいさなうちは、まわりにちいさなはたけと野菜が植えてある、かわいらしいおうち。
げんかんにはいつも、つりざおと小さな長靴。
そして窓のしたには椅子が置いてあります。
ここに住んでいるのは、98歳のおばあさんとネコがいっぴき。
ネコは人間の言葉も話せるし、ちゃんとズボンもはいています。
ネコはおばあさんと一緒に食事をとって、魚釣りに出かけるのが日課。
毎日大漁のようで、いつも魚のおみやげを手にもって帰ります。
そして毎回おばあさんを魚釣りに誘うのですが、おばあさんは決まってこういいます。
「だって わたしは 98だもの」
おばあさんの口ぐせはいつも「だって わたしは 98だもの」
なんでも98歳を言い訳にしています。
事あるごとに、「だって」を使うおばあさんと父を重ね「せっかく誘ってくれてるのに」とか「もっと楽しめばいいのに」とか思う私。
日に日に出来ることが少なくなっていき、自分の足で行くことがめんどうになり、言い訳してしまうのかなぁと思いながら「だって」というのは、便利な言い訳だなと思いました。
「だって○○が苦手だから」に同調しない
えらそうに思っている私ですが、ふと「あれっこれってわたしもやん」と思いました。
そういえば私は「○○が苦手だから」といって避けていることが多かったです。
そして当時中学生だった娘もそう言っていた時期がありました。
親のいらん所が似てしまう…
他人から見て、そうではなくても自信がないのか「だって○○だから」と言う口グセ。
「だって数学が苦手だから」「だって球技が苦手だから」などなど。
そのことに気づいて、当時気をつけようと思ったのでした。
「私、化学が苦手で頭に入ってこないし。」
と言われて、「あ~わかる。」とか「難しいよね。」
つい言ってしまいがちなのですが、じつは娘の「だって○○が苦手」という訴えを受けてつい「あ~私も」と言ってしまっていた事が、良い意味での「共感」ではなかったんです。
こう言ってしまう事で、娘に「あっ、別に出来なくても大丈夫」という言い訳を与えてしまっているということ。
私は気が付くとつい(私と娘は同じ)という感覚を持ってしまっていたのかも…
実際は親子とはいえ違います。
そして中学も後半になると理数系の抽象化能力が育ち、理系の成績は延びてくるもの。
それが「私もお母さんと同じで化学が苦手なんだ」と思い込んでしまった子は伸びる余地があるにも関わらず、その手前で諦めてしまいます。
良かれと思っていた声かけは、実は出来ない言い訳を与えてしまっていたんです。
「私の能力はこんなもの」という思い込み。
「苦手」を言い訳にしてチャレンジしないのはもったいない。
そう気づいたのでした。
もしも弱音を吐いた時の対処法
そんなこと言ったってじゃあ、どうすればいいの?と思います。
私が使った声かけに、「○○は出来るやん」です。
少しでも可能性のある部分を見つけて褒めるということ。
「そんな事ないよ」というと(ぜんぜん気持ちを分かってくれていない)とすねる時があるので、良い所を探して「○○は出来るよね」という言い方です。
おすすめワード
おすすめワードとしては、次の言葉。
「だいじょうぶ」
「話してくれてありがとう」
「なんとかなるよ」
「ありがとう」
「助かったわ」
出来るだけ感情的にならないように「あなたは周りを和ます事が出来て、周りをしっかり見ているよ」と伝えるよう心掛けました。
じゃあ、成人した娘は思い込みがなくなったのかというと、そうではありません。
性格というものはなかなか変わらないものです。
それでもおすすめワードを使って、今後も寄り添っていきたいなと思うのでした。
今回【だってだってのおばあさん】を久しぶりに読んで(こんな昔から大切なことは書かれてあるのに、なんでできないのかなぁ)なんて思うのでした。
話をおばあさんにもどします。
今日はおばあさんの99歳の誕生日でした。
おばあさんはケーキをつくるのが上手です。
だっておばあさんだから。
「だって」は肯定時にも使えるようです。
ネコはおばあさんがつくるケーキが大好き。
そんなネコにおばあさんは言いました。
ろうそくを99本買ってきておくれ。
ろうそくを数えないとお誕生日を祝えないそうです。
ネコは急いでろうそくを買いに出かけるのですが、大きな声で泣きながら帰ってきたのでした。
わんわん泣くネコは、どうやらろうそくを途中の川に落としたようです。
おばあさんの顔を見てネコはよりいっそう大きな声で泣きじゃくりました。
失敗したとき、辛いとき、不安なときに、家族の顔を見たら安心して、涙が出るときありますよね。
そんな時私は、ただ黙って抱きしめてもらうだけで安心します。
おばあさんは、がっかりしましたが、残った5本でお祝いすることに。
明かりを消して、ろうそくに火をつけ、ろうそくを数えます。
いぃち、にぃ、さぁん、しーい、ごぉ。
残ったろうそくは5本なので、5歳のお誕生日になりました。
ネコと同じ歳になったおばあさんは、ふたりでおいしいケーキを食べてうれしそう。
次の朝からおばあさんはすっかり変わりました。
口ぐせの「だって」がなくなって、「5歳だから」となんでもネコと一緒に行動するようになったのです。
野原を歩いたり、川を飛び越えたり、魚釣りをしたり。
5歳って本当に不思議。
なんでもやってのけられるのです。
おばあさんは思いました。
(なんでいままでろうそくを5本にしなかったのかしら)
おばあさんはネコに来年のお誕生日にもろうそくを5本買ってもらうように伝えます。
「病は気から」ということわざがありますが、気もちというのは本当に不思議です。
やってみようという気持ち、出来るんだという気持ち、おばあさんは気持ちが若くなっただけで、歳は1つ増えたのに、なんでもやってしまいます。
(わたしはできない)と思うのではなく(わたしはなんでもできる)と思えばこれからの人生、何でも出来そうです。
気持ちが若くなったおばあさんをネコは嬉しく思うのですが、大好きなおばあさんのケーキが食べられるのか心配でおばあさんにケーキをつくれるか尋ねるのでした。