
図書館で借りていた本を返すだけのつもりだったのに、本棚に【ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー】の続編があったのでつい手に取りました。
【ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー】あらすじ
人種も貧富の差もごちゃまぜの元底辺中学校に通い始めたぼく。人種差別丸出しの移民の子、アフリカからきたばかりの少女やジェンダーに悩むサッカー小僧。まるで世界の縮図のようなこの学校では、いろいろあって当たり前、みんなぼくの大切な友だちなんだ――。ぼくとパンクな母ちゃんは、ともに考え、ともに悩み、毎日を乗り越えていく。
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【ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー2】あらすじ
英国の元底辺中学校に通うぼくの日常は、今日も世界の縮図のよう。摂食障害や薬物依存について考えたり、フリーランスで生きていくための授業。ノンバイナリーな教員。生徒たちが公約を読んで投票するスクール総選挙。声ひとつで人種の垣根を越えるソウル・クイーンな同級生。事件続きの毎日の中で少年は大人の階段を昇っていく。100万人が泣いて笑って感動した親子の成長物語、ついに完結。
【ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー2】の感想
よく考えるっていうことは、その人をリスペクトしてるってこと
「よく考えるって大事なんだね。」
「誰かのことをよく考えるっていうのは、その人をリスペクトしてるってことだもんね。」
物事に対して「あれ?」って思ったり、「それってどういうこと?」って思うことって日常ではたくさんあります。
例えば、外国人が日本人に対して胸の前で手を合わせてお辞儀したりする挨拶は日本人はああいう風にするといったぼんやりとしたイメージがあるから。
それをいちいち「間違ってますよ」と説明するのも面倒くさいし、親しみを示すためにしているんだろうなと思うから、作者は笑って流してる。
その理由は彼らが日本への理解はその程度と諦めているから。
そうじゃなくて、その先にあるものをしっかりと考えてみるという事は大切なんだよ。という話を息子としている部分が印象に残りました。
私だったら、「ああいった挨拶はしないよなぁ」とか「親しみを込めてはるんやな」っで終わりです。
前作でも息子さんは頭がいいなと思っていたのですが、今回も親子の会話が物事に対してじっくりと考えその先まで理解するということの大切さを伝える作者も素敵なお母さんだなと思いました。
副校長先生の言葉
「この曲をつくったのは、サム・クックですが、彼にインスピレーションを与えたのは、ボブ・ディランでもありました。ボブ・ディランの「風にふかれて」というプロテスト・ソングを聞いたサム・クックがそれに大いに触発され、自分もこのような歌を書くべきなのだ、書いてもいいのだ、と思って作った曲が「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」です。そのことを我々は覚えておくべきだと思います。」
※サム・クック:アメリカ合衆国 出身の ソウル 歌手、 ゴスペル 歌手、作曲家、 ミュージシャン。
※ボブ・ディラン:グラミー賞やアカデミー賞をはじめ数々の賞を受賞し、ロックの殿堂入りも果たしている。2016年には歌手としては初めてノーベル文学賞を受賞.
無責任な噂を流されたアフリカ出身家族の娘さんが不登校気味だったのですが、音楽に出会って、毎日学校に来るようになりました。
その娘さんが歌う姿は12歳の少女の歌ではなく、成熟された素晴らしい歌声なのでした。
副校長は一度も「黒人」「白人」という言葉を使わなかった。けれども、白人のボブ・ディランが人種差別に抗議する曲をつくり、それに黒人のサム・クックが触発されたという、人種の垣根を超えたインスピレーションについて語っているのは明らかだった。
この部分を読んだ時、音楽が人に与える影響というものは全世界共通だなと思いました。
2つのレノン問題
音楽をやっている息子さんが、ビートルズのジョン・レノンの名前を間違った事に作者以上に驚きました。
英国の子どもがジョン・レノンの名前を間違えてしまう世代になったということなんだと書かれてあり、「いまどきの子どもたち」といつの間にか旧世代の側になってしまった自分にも驚いてしまいました。
リーダーに必要な資質
学年委員に選ばれた作者の息子と選ばれなかった息子の友人。
学校では普通にふるまっている友人はインスタで、悪口を書いています。
「リアルに会うとふつうにしているのに、陰でネットにぐちゃぐちゃ書くやつ」
相談された時、私なら何と答えていただろう。
息子さんのスゴイところは、自分がラッキーだと思えたこと。友人の気持ちを汲み、様子をみようとします。
そんな息子さんは、リーダーに必要な資質は何だと思うか?という質問に、「言葉だけで指示するのではなく、自分がまずやってみせることが大事」と答えています。
松下幸之助の名言にも同じ様な事が書かれていたと思いますが、作者のほうは、保育士の意匠の言葉なんだそうです。
「導く(LEAD)ということは、前から引っ張るということだけではなく、ときには一番後ろに立ち、後部が離れてしまわないように押し上げる(PUSH UP)こと」
彼女の言葉が彼の中で生きていました。
子どもの頃の記憶。
その子が持つ性格もあると思いますが、幼少期の家庭環境や出会う人で考え方や人生は、大きく変わるんだと思いました。
夢を持つということ
瞼が重たく腫れていたのが気になった。
あれは、とても長い時間を横になって過ごしている人の顔だ。
日本人であれ、英国人あれ、同じような精神状態にある人は似た顔つきになるのかもしれない。
映画「オートクチュール」を思い出しました。
一番近いところにいる大人を病気という病でくくられた子どもたち。
彼らに未来はあるのでしょうか。
映画オートクチュールのあらすじ
フランスの高級ファッションブランド「ディオール」のアトリエを舞台に、引退を目前に控えたお針子の女性と、鬱をわずらう母を持ち、夢を見ることさえ知らなかった移民2世の少女という、世代も境遇も異なる2人の女性の人生が交差する様子を描いた映画
子どもとの向き合い方
子どもが学校から帰ってきて泣いていたら…
色々と聞いてくる母親。
「泣きながら帰ってきてない。いま泣いているだけ。・・・母ちゃんが色々聞くから」
心配でつい、いろいろ聞いてしまう。
これって分かるな。
子育てのマニュアルがあればいいのに。
そう思った事が何度もあります。
今は、そうは思いません。
子どもは世界でたった1人の子どもだから。
大切なのは、その子のことを知ろうとすること。向き合うこと。
「・・なんかそれでも、俺には全部行ってない気はするけどな」
と配偶者が言ったので、多分そうだろうなと思った。
きっとこれから、息子がわたしたちには言わないことがどんどん増えてくるのだ。
素直で優しく育っている作者の息子と彼に寄り添う作者家族。
夫婦でも親子でも家族でも、コミュニケーションは大事です。
大人になる
自分が気にしていること等を軽いジョークで流された時、本人に悪気がないけど、問題として根深い問題など、子どものやることは、言われた本人にとって傷つくことが少なくないと思います。
作者の息子もそんなシチュエーションにあったようです。
「だけどまあ、笑ったんだろ。だって、自分だったらそうするだろ?
自分の子どもだからそういう風に心配するけど、自分があの年齢で同じシチュエーションだったら、けっこう笑ってるんじゃないの?」
と言われて、確かに自分だったらブラック・ジョークとして笑ってながしているような気もした。
私も自分の子どもだと過剰に心配するけれど、自分だったら笑って流すことってあると思います。
子育ては本当に難しい。
自分ならかまわないのに、子どものことになるとつい、過剰に反応してしまう。
子どもとはいえ、1人の人間。
自分で考え、乗り越えていくしかない。
親が出来るたった一つの事は、寄り添い見守ること。
口をださず、信じて見守るって簡単なようで凄く難しい。
「ビートルズのポール・マッカートニーは、最初の結婚のとき、子どもを4人ともふつうの公立の中学に行かせたらしくて。デザイナーのステラ・マッカートニーのインタビューを読んだとき、彼女は最初、セレブリティーのくせに私立に行かせてくれなかった親の決断を許せなかったけど、いまは、それは彼女の人生に起きたことで最良のことだったと思ってると言っていた。自分とは違う世界で生きる人たちを知るのは健康的なことだったって」
ビートルズのポール・マッカートニーがそういった教育をされているとは知りませんでした。
自分の知らない世界を知る事。
良いことも悪いことも、それを経験し、自分で乗り越えられることが出来た時、私は心の底から子育てが出来て良かったと思うのです。
「でも、ライフってそんなものでしょ。後悔する日もあったり、後悔しない日もあったり、その繰り返しが続いていくことじゃないの?」
13歳にしてこんな考え方が出来るなんて驚くほどしっかりした息子さん。
自分の思った事を言葉にしていくということはこれからの人生でもずっと続くこと。
受け身の授業だけでなく、小さいうちから英国のような教育の仕方を日本でも取り入れて欲しいなと思いました。