
同じ言葉でも受け取る側によって異なる意味になり得るという事は、読んでいてもとても怖いです。
どれだけ優れた教科書に出会っても、本人に寄り添わないと解決出来ない問題について考えさせられます。
【あえてよかった】あらすじ
「今を生きる」子どもたちが教えてくれる光
大地(58歳)は妻に突然先立たれ、自暴自棄の状態。愉しみは三日月の夜に現れる妻の気配と会話すること。そこで亡き妻から、彼女の切実な願いだった「子どもを育てる」の実践を頼まれてしまう。しぶしぶ学童保育所のバイトを発見し働き始める大地。ある程度働いたら、自分も妻の後を追うつもりだった。
そこで出逢う令和の子どもたちとのやりとりは想定外のことばかり。親の離婚、発達障害、愛着障害、不登校・・・子どもたちの悩みや心の傷、ピュアな思いにふれるうちに、知らず知らず大地にも大きな変化が訪れていく。子どもも、大人も、みんな「うまくいかない」何かを抱え、もがきながら生きている。
そんなある日、ある保護者から、大地は思いもかけない大きなギフトを受け取る。それは、亡き妻からの大切な思い--「生きる希望」。
そして、大地はある決心をするのだった。
【あえてよかった】作者 村上 しいこ(ムラカミ シイコ)
1969年、三重県生まれ。『かめきちのおまかせ自由研究』(岩崎書店)で第37回日本児童文学者協会新人賞受賞。
『れいぞうこのなつやすみ』(PHP研究所)でひろすけ童話賞を受賞。
『音楽室の日曜日』(講談社)をはじめとする「日曜日」シリーズも好調。中学生を主人公にした『ダッシュ!』に次いで、今回は高校生を主人公にした、YA小説第2弾。松阪市在住。
【あえてよかった】あらすじとネタバレ感想
今さらながら、こんな基本的な事を忙しさのあまり忘れてしまっていたような気がしてなりません。
学童保育での先生同士の会話。
「子どもというのは、いつも成長過程にあります。ここにいる時間だけがすべてではありません。つまり、どうにでもなる可能性を持っているから、今ここだけの彼を見てこちらから決めつけないように。深追いして、せっかくこれから成長する若い目を摘み取ったり、せまくて暗い場所に追い込まないでねってことです。」
無神経に土足で人の心の中に入り込もうとする大人。
本人は良い事をしている(つもり)なので難しいです。
「あんまり無理しなくていいから」
何かに悩んでいるときにこう声を掛けられたらどう思いますか?
正解とか不正解とかはありません。
ただ、人それぞれで受け止め方が違うのです。
「無理しなくても大丈夫だ」と前向きにとらえる子
「頑張ってるけど無理なんだ」と戦力外通告を受けた感じにとらえる子
同じ言葉なのに、受け止め方でポジティブになったり、ネガティブになったりします。
その子の性格を見て育ててあげられるといいですが、兄弟が多い家庭や学校ではそこまで目は行き届きません。
言った本人も良い言葉だと思っているので尚更です。
自分中心で物を言ってしまうので、相手をよく見ることや言葉の難しさを痛感しています。
還暦を目の前にした主人公が、小学生の音読を見て物語の作品が昔と大して変わらない事に驚きます。
社会や子供たちはこれほど変化したというのに、学校という組織と教科書は今も同じ。
子供たちの教科書を見ると、その内容は私が習っていた作品と大して変わらないです。
昔ならば主張をするなら、それ相応の責任ある行動が飛鳥だった。今は主張ばかりが乱舞している。義務ばかりが強要される社会は勿論恐ろしいが、権利ばかりを叫ぶ社会も怖い。
私の時代は当然の権利を主張すると顔を叩かれ、親が呼び出しされる時代だったなぁとふと思ってしまいました。
逃げ出したい気分になったとき、大地は自分の人生に対する後悔の思いが湧いてきます。
仕方ないさとあきらめる習慣の方が万年床のように、僕の肌身に合っていた。
本は不思議です。
登場人物の誰かがまるで自分の事のようだからです。
本を読むたび、その時言葉に出来なかった事ををズバリ言ってくれる時は、(そうそうこう言いたかった)のだと何度も思ったものです。
初めは軽い気持ちで応募した学童保育のバイトでしたが、大地の気持ちに変化が表れてきます。
それにしても、子どもの見守りなら、気楽にできると簡単に考えていたのに、自分までもがこんなに苦しい気持ちになるなんて思ってもみなかった。
自分にできることはなんなのだろうか。自分にできることはないのか。
先ほど、本は不思議と書きましたが、子どももまた不思議です。
見えてなかったものが見えてくるし、気づけなかったことを教えてくれます。
子ども達から教えて貰うことは数しれません。
大切な妻を病気で亡くしている大地。
どんな言葉も温もりも薬でさえ、妻を病魔から救えなかったことを悔やんでいます。
自分にできることはなにもなかった。
あきらめという言葉の本当の意味と残酷さを、僕は生まれてはじめて知った。
僕は早く痛みから解放してあげてほしいと、彼女の死までも願ったのだ。
過去を悔やむ大地の気持ち。解放してあげたいと思う気持ち。
相手を想う事で自分も苦しめられるという事ってあります。
正論を言われたら、言い返すことが出来ません。
そんな事言われなくても一番分かっているのに。大人がいう事はそこじゃないと分かっているのに、つい正論を言ってしまう。
誰にでもそんな後悔はあると思います。
「寄り添う」という言葉の意味をどれだけの人が理解しているのだろう。
美月を見送ったときも、そうだった。なんにもできなくてただ茫然としてた。やっぱり僕には無理だよ。子どもたちを導くどころか、苦しみを軽くしてあげることすらできない。何にもできないくせに、できるような顔をして。そんな自分がいやになる。情けなくなる。
自分を責める気持ち、分かります。人は簡単に動かせない。
自分を責める大地に美月は、大地にしかできないことが必ずあると伝えます。
大地は素直に受け止め、自分が出来る事をすると決めるのでした。
「やりたければ、できるって。創は自由なんだから」
大地が言うこの言葉、好きです。
子どもは見えない何かに捕らわれていて、自由に動けなくてしんどかったりする。
それが、他人からの自由という言葉と笑顔は子どもにとって、救われる一言なのだと感じるからです。
大地の所に、理央ちゃんがやってきます。大地はちょっとめんどくさいなと思ってしまいます。理央ちゃんは、その後葉子先生の所へもう一度行き葉子先生は話をしっかりと聞くのでした。
時間にして約30分。
ちゃんと話を聞くということって分かってもらえたって安心するんですよね。
子どものころ、自分の話を真剣に聞いてもらったことって少なかったな。
大人はいつも忙しそうだった。
そして私も同じことをしてきたのだと思います。
人はいつだって、自分の事が大切なのだと思いました。
仕事で忙しく、帰ったら子どものいう事を第一に聞いてあげてと言われても実際そうできる事は少ないです。今までの自分を振り返っても、やることが山積みの上にすぐには本音を打ち明けてくれない子ども。初めは待っていてもだんだんとイライラして…
そんな繰り返しの様な感じがします。
葉子先生は凄いなぁ~と落ち込んでしまいそうになりますが、そんな葉子先生も実は、自分の子育てには失敗しているんですよね。
ここにいる時間だけ見ているならそりゃ可愛いでしょう
誰だってそうなんです。人には出来るのに、家族には出来ないってこと沢山あります。
子どもと接していくうちに大地に変化があらわれます。
「自分が自分を信じてなかったってことに気が付く。そんな人間が子どもたちと向き合えるわけがない。でもさ、ここから逃げるんじゃなくて、だからこそ、ちゃんと向き合える人間になろうって思うんだ」
子どもと向き合う前に自分と向き合えた大地。
「同じように見えて、こどもは1人1人違いますからね。言わなくても出来る子、こちらから声をかけて引っぱってあげないと出来ない子。低学年の子には、自分と他の子は違うんだってことも、分かってもらえるようにしたいですね」
子育ては難しい。その時代によっても変わります。周りの理解も必要です。
女の子同士は仲良くなり過ぎると、この子にならどれだけ不満をぶちまけてもいいだろうと、お互いを感情のゴミ箱と勘違いしてしまう。そうなると最後にはどちらかが離れていくか壊れてしまうまでその関係が続く。
これも怖いです。人は機械ではありません。人には感情があります。
小さいうちから、人とは違うということ、捉え方が違うという事を知って欲しいものです。
くるった歯車はいろんなものをくるわせていく
なにかがおかしい。そう思ったら、気づく事。子どもたちは必ずサインをだしている。そのサインを見逃さない事。とてつもなく難しいことだけれど、誰かがそのサインを気づくことで、歯車が狂わなくてすむんですよね。
一度は親を否定して、親を乗り越えて、そしてもう一度親のやさしさを知ることが成長ではないだろうか。僕も親を否定できずにずっと躓(つまづ)いていた。
子どもの成長と共に大地も成長していくストーリー。
誰もが傷つき、悩みもがきながら生きています。
大事なのは、生きようとする力。
大地は今58歳です。
