一、此面*1ハ陣取堅被仰付、其上仕寄*2以下、廿間卅間*3の内ニ被仰付、夜番日番*4雖無其差別候、①北条の表裏者*5、人数二三万も構内に相籠、其上百姓・町人不知其数雖有之、臆病者と被覃見*6、②御座所*7之御普請を、彼夜番日番を仕候人数ニ被仰付、磊*8重〻ニつかせられ候て、聚楽又ハ大坂の普請を数年させられ候ニ不相劣様ニ被思食候、此表衆ハ如右書付申付候へハ、昼夜の粉骨中/\*9不可勝計*10候間、はちかた面へ一おとりかけ候て可然候、如此懇ニ被仰聞候事ハ、両人の者*11せかれゟよく/\存候ニ、鉢形城おそく取巻候ニ付而被仰遣候、最前山崎志摩守*12・岡本下野守*13両人ニも、右趣ハ被仰遣候ニ、理もなき所へひそり*14候事、無是非候事、江戸*15請取候てゟ河越*16ニ罷こし、それゟ松井田*17へ入合候様ニと被仰遣候ニ、弓と鉉のやうなる所*18へひそり候事、如何成分別候哉、所詮景勝*19・利家*20相談、早〻至于鉢形押寄可取巻候也、
五月廿日*21 (朱印)
浅野弾正少弼とのへ
木村常陸介とのへ
(四、3213号)
(書き下し文)
一、この面は陣取り堅く仰せ付けられ、その上仕寄以下、廿間卅間のうちに仰せ付けられ、夜番・日番その差別なく候といえども、①北条の表裏者、人数二三万も構内に相籠もり、その上百姓・町人その数を知らずこれありといえども、臆病者と覃見せられ、②御座所の御普請を、彼の夜番・日番を仕り候人数に仰せ付けられ、磊重ね重ねにつかせられ候て、聚楽または大坂の普請を数年させられ候に相劣らざるように思し食され候、この表の衆は右書付のごとく申し付けそうらえば、昼夜の粉骨中々しがちばかりにすべからず候あいだ、鉢形面へ一躍り駈け候て然るべく候、かくのごとく懇ろに仰せ聞けられ候ことは、両人の者忰よりよくよく存じ候に、鉢形城遅く取り巻き候について仰せ遣わされ候、最前山崎志摩守・岡本下野守両人にも、右の趣きは仰せ遣わされ候に、理もなき所へひそり候こと、是非なく候こと、江戸請け取り候てより河越に罷り越し、それより松井田へ入り合い候ようにと仰せ遣わされ候に、弓と鉉のようなる所へひそり候事、いかなる分別候か、所詮景勝・利家相談じ、早々鉢形に至り押し寄せ取り巻くべく候也、
(大意)
一、鉢形城の陣取りはきびしく命じ、さらに仕寄などを20~30間の距離で囲むように命じ、夜番・日番ともに命じ包囲した。①北条の臆病者どもは2~3万人が小田原城内に立て籠もり、さらに無数の百姓や町人が小田原城に逃げ込んでいるけれども、臆病者と見受けられるところから、②御座所の普請を本来は敵襲に備えた夜番・昼番に命じ、大石を積み重ねるようにし、聚楽第や大坂城のように普請に数年かかったものに劣らぬようにさせた。こちらの者どもは右の書付のように命じたなら、昼夜粉骨砕身普請ばかりさせるのも考えようで、鉢形城へひとっ走り攻め込ませるもいいかもしれない。命じたことは、両名の悴よりよくよく知らされていることだろうに、鉢形城の包囲に遅れたことについて命じている。さきほど山崎片家・岡本良勝両名にも鉢形城攻めを命じたところであるのに、そなたたちが理由もなくひねくれることは言語道断である。江戸城を請け取ったあとは河越城へ向かい、さらに松井田城に合流せよと命じたのに、回り道をするような真似をするとはいかなる心懸けか。早々に景勝や利家と相談して、鉢形城の包囲に加わるように。
図1. 仕寄

図2. 5月20日前後の豊臣軍の侵攻状況

今回で長い叱責の書面は終わるが、しかし昔の播磨三木城攻め、因幡鳥取城攻め、備中高松城攻めに明智光秀を倒したことまで書き連ねたことで秀吉の、浅野長吉・木村常陸介両名に対する怒りの程がうかがえるというものである。
下線部①では百姓や町人なども小田原城に立て籠もっているという。一方北条氏は領国内に「武者めくように武装して城へ馳せ参じよ」と総動員をかけていて非戦闘員と断定することは難しいが、秀吉には戦闘員の数2~3万人に入らなかったようだ。
ところで下線部②では小田原落城を見るための「御座所」づくりが進行中だという。しかも聚楽第や大坂城に劣らぬ立派な建物であるらしい。関東にも豊臣政権の権威を見せつける建物を創建するつもりだったのかもしれない。
*1:鉢形城、図2参照。以下同じ
*2:シヨリ。竹を束ねてつくった矢や鉄砲玉を防ぐ盾。この盾を用いて城へ攻める。図1参照
*3:1間=6尺=1.8メートル。360メートルから540メートルまでの間で
*4:夜勤と日勤
*5:ヒョウリモノ。ウソつきや裏切り者
*6:たんけんせられ。見受けられる
*7:秀吉が戦況を見守る玉座のようなもの。身分の高下は見せつけるためにつくらせている
*8:ライ。大きな石を積み重ねるさま
*9:踊り字「/\」は通常複数の文字の繰り返しを表すが、ここでは「中々」と解釈した。意味は「中途半端でよくない」
*10:~し勝ちばかりにするべからず
*11:浅野長吉と木村常陸介
*12:片家。近江山崎城主のち摂津三田城主
*13:良勝、この時の戦功により伊勢亀山城主となる
*14:すねる、捻くれる
*15:武蔵豊島郡
*16:武蔵入間郡
*17:上野碓氷郡
*18:「弓と鉉」で回り道の意
*19:上杉
*20:前田
*21:天正18年、グレゴリオ暦1590年6月21日、ユリウス暦同年同月11日