今回も長文だが重要なので分けて全文読む。
(端裏ウハ書)
「 (墨引)*1
浅野弾正少弼*2
木村常陸介 」
急度被仰遣候、鉢形城*3越後宰相中将*4・加賀宰相*5両人可取巻由被仰出候、然者此方*6より相越候人数、其取巻刻ハ、両人之人数与一ツニ成、陣取以下堅申付上ニおゐて、此方ゟ被遣候人数、又ハ佐竹*7・結城*8、其外八ヶ国之内諸侍*9、御太刀をもおさめ*10候者共召連、何之城とも不相渡所於有之者、執巻、いつれの道にも*11可討果儀、切〻被仰遣候ニ、こや/\*12のはしろ*13共、弐万余りの人数にて請取候事、不能分別*14候事、
(四、3213号)
(書き下し文)
急度仰せ遣わされ候、鉢形城、越後宰相中将・加賀宰相両人取り巻くべき由仰せ出だされ候、しからばこの方より相越し候人数、その取り巻くきざみは、両人の人数と一つになり、陣取以下堅く申し付ける上において、この方より遣わされ候人数、または佐竹・結城、そのほか八ヶ国のうち諸侍、御太刀をも収め候者ども召し連れ、いずれの城とも相渡さざるところこれあるにおいては、執り巻き、いずれの道にも討ち果たすべき儀、切々仰せ遣わされ候に、小屋小屋の端城とも、弐万余りの人数にて請け取り候こと、分別あたわず候こと、
(大意)
*「仰せ遣わされ」、「仰せ出され」などの尊敬の助動詞「被」(らる)は秀吉に対する敬意である点に注意されたい。「大意」では自然な日本語になるようにこれらの敬意表現は考慮しない。
必ず申し遣わす。上杉景勝と前田利家の両名が鉢形城を包囲する旨命じた。そこでこちらより派遣した軍勢と城を包囲する際は上杉・前田の軍勢と一体となり、陣取の掟を厳しく命じた上で、こちらより派遣した軍勢、さらには佐竹義重や結城晴朝、そのほか関八州のうち臣従した者たちを連れて、城を明け渡さないところがあれば包囲して、いかなる手段でも討ち果たすようたびたび命じているのに、小屋小屋や端城に対して2万の軍勢で城を請け取るなどありえないことである。
図.鉢形城周辺図

下線部を見ると、浅野・木村が「取次」(リエゾン)となり、上杉軍と前田軍、さらに秀吉直属軍のうち派兵した者と「その取り巻くきざみは、両人の人数と一つになり」と命じている点は、各大名が独立性をもって戦い、豊臣軍としての指揮命令系統が一元化されていなかったことを示している。
さらに関東八ヶ国のうち臣従した佐竹義重や結城晴朝をはじめ各大名に軍役を課し、それらの兵士も召集すべきと命じている。佐竹家が「際限なき軍役」と嘆いたのも無理はない。常陸国は百姓は負担に耐えきれず、逃散・欠落して村落は荒れるにまかせた。義重の嫡男義宣のトラウマになったほどの惨状だったのだ。
また「小屋小屋」や「端城」のような城に2万人の軍勢で包囲するなど、理にかなっていない、実力行使に出ろといった意味なのであろう。
最初の部分しか読んでいないので、読み進むうちに誤りがあれば訂正したいので、その点読者諸兄姉のご海容をたまわりたい。