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天正16年閏5月14日小早川隆景宛豊臣秀吉朱印状(3)

 

一、つくし*1御成敗、天正十五年、殿下被出(闕字)御馬、一へん*2ニ被仰付候刻、むつのかみ信長御時、武者の覚*3かいりき*4かましきと人の申成、殿下にも見およはせられ*5、つくしの内、肥後国よき国ニ候間、一国被仰付、兵粮・鉄炮の玉薬以下迄城〻へいれさせられ、普請等まて被仰付、陸奥ニ被下候事、

 

 

(書き下し文)

 

一、筑紫御成敗、天正十五年、殿下御馬出され、一遍に仰せ付けられ候刻、陸奥守信長御時、武者のおぼえ戒力がましきと人の申すなり、殿下にも見及ばせられ、筑紫のうち、肥後国よき国に候あいだ、一国仰せ付けられ、兵粮・鉄炮の玉薬以下まで城〻へ入れさせられ、普請などまで仰せ付けられ、陸奥に下され候こと、

 

(大意)

 

一、九州攻めの節、天正15年関白殿下みずから出陣なされ、九州を平定したときのことである。成政は信長家臣の時から武者としての誉れ高く、戒力ある人物と評判も高く、殿下もそれをお認めになった。それで九州のうち肥後がよい国だということで一国まるごとお与えになり、兵粮や玉薬を補給し、城の普請まで命じて成政にお与えになったこと。

 

 

九州平定後成政に肥後国を与えてやったのにこのざまだ、と言いたいのだろう。

*1:筑紫。筑紫国、筑前や筑後ではなく九州全体のこと。具体的には島津攻めを指す

*2:一遍。一空間的なまとまり全体。ここでは九州全域にわたって、の意

*3:評判、名声

*4:戒力。仏教の戒律を守ることで得られる不思議な力

*5:見及ぶ。目に入る、認識できる




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