時間が来たので、言われた建物の扉の前に来た。そのまま数分が過ぎたが、扉が開く気配がないので、取手に手をかけると開いていて、奥の教室には、すでに人が入っていた。
運転免許の更新は五年に一回のことだから、覚えていないことが多く、色々なことに戸惑う。
さっきも講習の受付を済ませたものの、講習まで一時間近く時間があることに驚いて、そういえばそうだったと思い出した。
講習の会場に関しては、扉が開くのが遅くて、以前は確か建物の外でしばらく待っている時間があったと思うのだが、今回は違った。そもそも来るのが遅かったのかもしれない。いつまでも待っていたら遅刻していた。危なかった。
急いで教室に入ると、受講者は私を含め3人。
仕事の空き時間に来た風のサラリーマン風の男性と、ノースリーブのワンピースを着た優雅な感じの女性が、窓際の席の前後に座っていた。
6畳にも満たないような小さな教室なので、後から来る人のために、窓側の奥の方に詰めた方がいいのかと思ったが、迷った末、女性との間に一席開けた場所に座った。しかしそれで全員だったようで、もう人は来なかった。
講師は右前方に腰掛けている六十代くらいの男性だった。顔はマスクで半分隠れているが、垂れた細い目が穏やかそうな印象だ。
時間が来て、講師の男性が話し始めた。
久しぶりの授業の雰囲気に緊張する一方、寝てしまったらどうしようとも思う。なんでも居眠りをしている人にはお声がけをしますとのこと。
しかし、講習が始まってすぐその心配は吹き飛んだ。
この講師の人が、ものすごく気持ちを込めて話す人だったのだ。加えて、受講者一人一人にアイコンタクトもしっかり取る。
「語り部」という言葉が頭に浮かんだ。
おかげで寝る心配はなくなったものの、今度は、語り部の男性の熱に応える授業態度を取らねばというプレッシャーに緊張した。
しかし授業内容は運転のこと。かれこれ二十年近く運転していない。現在の普段の生活で、ほぼ考えることがないことを、真剣に説明され、こちらも真剣に聞く。
だけど車に乗らないから、後でその内容を思い返したり、実際に運転に活かすということも多分しないであろうことがわかっている。
そして、多分講師の人も、優良運転者の多くが、ペーパードライバーなことは承知しているから、この話が受講者の多くを上滑りしていることもわかっているだろう。
つまり、話す方も聞く方も、この話が無駄かもしれないと思っている。
でも(少なくとも表面上は)お互いに真面目に向き合うということをしている状況に思うところがあった。
そして、講習は三十分できっちり終わり、講師の男性も瞬時に熱を引っ込め、あっさりと話を終えた。
見ると、穏やかな表情でこちらを見、送り出す段階に入っている。
その素早い切り替えの様子に、やはり「受講者の授業内容への関心の薄さの認識」→「そのことへの諦め」→「それでも一生懸命話す」→「虚しい部分もあるけど誰も責めない」みたいな思考の流れを勝手に想像してしまった後、こういうことって、世の中にたくさんあるなと思いながら、私も切り替えて急いで席を立った。