いつかの冬のある夜、非常ベルの音で目が覚めた。
時計を見ると深夜3時半。玄関ドアに近づくと音が大きくなる。マンション中にこの音が鳴り響いている模様。
窓やドアスコープから見た限り異変はなかったため、迷いつつもコートを羽織り、貴重品をポケットに突っ込んだ。
しかし外に出る勇気が出ない。
しつこくドアスコープを覗く。やっぱり何も変化はない。
そこでドアを開けてみた。
やはり煙やら人の声やらがなかったため、家の外に出ることが出来ずにいた。
そこへ一人の男性がエレベーターの方からこちらに歩いてきて、ドアの隙間から様子を伺っていた私に気づいた。
反射的にビクッとし、会釈をしてドアを閉めようとしたら、男性は走り寄ってきて、ベルの誤作動なので大丈夫と言うことを、わざわざ教えてくれた。隣室の人だった。
助かったと思い、男性に丁寧にお礼を言ってドアを閉め、コートを脱いで寝床に入った。
しかしなかなか眠れなかった。
深夜に隣の部屋の人とはじめて言葉を交わしたことの奇妙さ、感謝、そしてお礼を言うも、全く目を合わせられなかったことへの後悔、寝起きの状態を見られた恥ずかしさが、ぐるぐると頭の中を回っていた。
夜に初めての人と話す行為は負荷が強い。
それが自分のプライベート空間である家なら尚更だ。
だから家の外になかなか出られなかった。出ても近所の人と言葉を交わすのが怖かった。
当たり前だが、普段から話せていれば、きっとこの怖さは軽減されるのだろう。
そういえば昔、夜に大きなゴキブリが出たことがあった。
殺虫剤がなかったので、何か代用できるものはないか、慌ててネットで調べていたところ、一匹いくらで家に退治に来てくれるサービスを見つけた。
それを見て、わあ便利とは思わなかった。この時間に知らない人が家に来る方が自分でゴキブリを退治するよりよっぽど怖いと思ったのを覚えている。
そのことで妙に冷静になり、すぐにコンビニで殺虫剤を手に入れ、悲鳴をあげつつも無事退治することができた。
ちなみにやっとウトウトし始めた2時間後くらいに再び非常ベルが鳴った。
今度は布団からは出ずにそのまま寝た。
一回目も二回目も消防車が来た。