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棋譜情報を動画サイトで中継したことが不法行為に当たるとされた事例 東京地判令7.5.21(令5ワ22169)

竜王戦の棋譜情報をYoutubeで配信した行為が不法行為に該当するか否かが争われた事例。

事案の概要

原告は、日本将棋連盟(X連盟)と読売新聞(X読売)で、両者は、将棋界最高位タイトル戦である竜王戦を共同で主催している。

X読売は、自社サイトで竜王戦の棋譜を掲載し、自社Youtubeチャンネルにて対局中の映像を配信していた。X連盟は、将棋連盟ライブ中継というスマホ用アプリ(本件アプリ)にて、対局中の棋譜を配信していたほか、AbemaTVに対し、非独占的な配信を許諾していた。また、Xらは、竜王戦・棋譜等利用ガイドライン(本件ガイドライン)を定め、棋譜の利用についてはXらの許諾を必要とすることなどを定めていた。

被告(Y)は、いわゆる将棋ユーチューバーで、Xらの許諾を得ずに、竜王戦(第35期及び第36期の七番勝負の棋譜を利用した動画(本件各動画)をYoutubeにおいて配信した(本件各配信)。本件各動画は、本件アプリ等を参照して進行を確認しつつ、動画中の盤面にて再現するという内容のものだった。

Xらは、本件各配信は、Xらの営業上の利益を侵害する不法行為に当たるとして、約1600万円の損害賠償を請求した。

なお、Xらは、棋譜が著作物に当たるとの主張はしておらず、本件訴訟は知的財産権に関する紛争ではないという扱いになるため、いわゆる通常部に係属した。

ここで取り上げる争点

(1)不法行為の成否

(2)損害の額

裁判所の判断

(1)不法行為の成否

裁判所は、いわゆる北朝鮮最高裁判決を挙げて、著作物にあたらない場合でも、異なる法的利益を侵害するような「特段の事情」がある場合には不法行為を構成するという一般論を述べた。

著作権法が、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作物の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしていることからすれば、著作物に当たらない無体物の利用行為は直ちに不法行為を構成するものではないが、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がある場合には不法行為を構成すると解すべきである(最高裁判所平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)ところ、営業上の利益は、上記著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益に当たる

そして「特段の事情」があるといえるための事情、要素を挙げた。

そして、我が国では各人が自由競争原理の下で営業活動を行うことが憲法22条1項により保障されていることや情報の自由利用の重要性に鑑みれば、他人が取得した情報を許可なく無断で当該他人の営業と競合関係にある自己の営業に利用した場合に、そのことをもって直ちに不法行為を構成すると評価するのは相当でなく、当該他人の営業上の利益を保護する必要性、当該利用行為により被利用者が受ける不利益の内容及び程度、利用行為の目的・態様等に鑑みて、当該利用行為が許される自由競争の範囲を逸脱するといえる場合に限り、当該利用行為は当該他人の営業上の利益を侵害するものであり、上記「特段の事情」があるものとして、不法行為を構成すると解するのが相当である。

具体的なあてはめ部分の引用は割愛するが、上記の要素について以下のように認定した

  • X読売は竜王戦の主催者として、億単位の契約金、PR費用を投下していること
  • X連盟は竜王戦の開催・運営のために調整や費用を支出していること
  • X読売は竜王戦の棋譜掲載により新聞購読者の獲得を図り、協賛社からの協賛金の受領、AbemaTVらからの棋譜利用許諾料を得ていること
  • X連盟は有料会員のみが棋譜を閲覧できる本件アプリを提供していること
  • Yは棋譜をYoutube上で利用・公表して収益を得ており、Xらの棋譜を利用した営業活動とは、「棋譜を知りたい顧客を奪い合う競合関係にある」こと
  • X読売は本件各配信により、収益が減少するという不利益を受ける関係にあることなど、Xらの営業活動による収益モデルが成り立たなくなるようにするおそれのある行為であること
  • Yの本件各配信は、Xらが投下した費用及び労力にフリーライドしてその棋譜を利用したものであり、情報鮮度として最も価値が高い対局当日に棋譜の全てを利用したものであるから、Xらの営業活動が著しく減殺されたこと
  • Yは、一貫して本件ガイドラインに従わない態度を示し、利用許諾料の徴収を「カツアゲ」「悪徳商法」と評価した上、本件ガイドラインに従う必要がないことを助長するかのような投稿をしていること

これらの事実を踏まえ、次のように認定した。

本件各配信は、Xらが多大な費用と労力を投下して行った本件各竜王戦に係る営業活動と競合し、Xらへの営業活動に重大な悪影響を与える行為であり、利用行為の態様も、Xらが多大な労力及び費用を投下した結果にフリーライドしたものである上、本件各竜王戦の当日にすべての棋譜を利用するという棋譜の利用価値を大きく減殺させる極めて悪質なものであることなどを併せて考慮すれば、本件各配信は許される自由競争の範囲を逸脱した行為というべきである

一方、Yは野球のスコアの利用と変わらないから違法性はないとの反論については次のように述べて退けた。

野球においては、単に結果だけでなく、プレイヤーによる各プレーの具体的な内容に関心が高く、これを確認するためには当該プレーを映像により見るほかないのに対し、将棋の場合は、棋士がどのような手つきや表情で指したのかといったことまでは知る必要はなく、将棋の指し手そのものである棋譜を知ることができればそれで足りるという顧客が多いと考えられる。(略)したがって、野球のスコアと棋譜とを同一に論じることはできないというべきである。

結論として、「特段の事情」があり、不法行為に当たるとした。

(2)損害の額

具体的な計算過程は、マスキング処理がされているため、判決文からは読み解くことができないが、裁判所は、本件ガイドラインにおいて、①対局当日の棋譜利用は認めていないこと、②対局翌日、60日経過まで、といった段階的な許諾料を設定していることから情報の鮮度に価値があるとしたうえで、X読売には、Yが対局当日の棋譜が配信されていたことなどから本件各動画153本で、765万円(1本あたり平均5万円)の損害と、10%の弁護士費用相当の損害を認定した。

他方で、X連盟については、本件アプリの新規有料会員数の減少とYらとの行為の関係が明らかではなく、契約金減額などの事実は認められないから、X連盟に実際に損害が発生したとは認められないとした。

さらには、Xらの損害賠償請求権は不真正連帯債権であると主張したが、否定した。

若干のコメント

過去の類似の事例

これまで、棋譜の利用を巡る裁判としていくつかの判断がなされてきました。

王将戦及び銀河戦の評価値放送(Youtube動画)が、著作権侵害にあたるとして囲碁将棋チャンネルらから削除申請が出され、削除されたことについて、不競法における信用棄損行為(2条1項21号)に当たるとして、配信者が原告となって囲碁将棋チャンネルに対して損害賠償等を求めた事例では、一審(大阪地判令6.1.16)では、棋譜は、「有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報である」、棋譜利用ガイドラインは「法的拘束力を生じさせるものであるとはいえない」などとして、削除申請したことが不正競争に当たるとして(配信者ではなく、囲碁将棋チャンネル側の)損害賠償責任が認められました。ところが、控訴審(大阪高判令7.1.30)では、一転して原告らの配信行為が繰り返されると日本将棋連盟がよって立つビジネスモデルが成り立たない、などとして、削除申請したことは不当であったとはいえず、むしろ、配信行為が不法行為に当たると判断しました。

また、同様に、王将戦の対局について、Youtubeで棋譜情報を配信し(こちらは上記の事件と異なり、リアルタイムでの中継ではないという違いがあります。)、囲碁将棋チャンネルから削除申請が出されて、削除されたという件について、一審(東京地判令6.2.26)、控訴審(知財高判令7.2.19)ともに、削除申請したことが不正競争に当たるとして、囲碁将棋チャンネル側の損害賠償責任が認められました(当ブログでは未掲載)。

上記の2事件は、いずれも事案として共通するところが多いにもかかわらず、大阪の(控訴審)判断では動画の削除申請をしたことは不正競争ではなく、むしろ配信者の行為が不法行為に当たるとされ、知財高裁では、動画の削除申請が不正競争であるとされており、両者の判断は矛盾しているのではないかとも考えられます。

この点について、松尾剛行先生は、棋譜の情報鮮度の違いから、リアルタイム配信である前者(大阪事件)は、営業妨害的要素が強く、非リアルタイム配信である後者(東京事件)とは異なるのであって矛盾はないと述べられています*1

本件の意義

そのような流れの中で、本件は、ユーチューバーが原告となって囲碁将棋チャンネルを相手に訴えたこれまでの事件とは異なり、最高棋戦の主催者である読売新聞と、総本山ともいうべき日本将棋連盟が原告となって提訴した事案であり、その結論は他棋戦にも影響が生じることが必至です。

棋譜(盤面図等を含む)は著作権が及ばないという考え方は、おおむね浸透しており、本件でも原告は著作権に基づく請求は一切しておらず、本文中でも引用した北朝鮮事件(最判平23.12.8)の「特段の事情」というハードルを越えなければならない状況でしたので、大きなチャレンジだったのではないかと思われます。

この「特段の事情」については、近時ではバンドスコア事件(東京地判令6.6.19)にて認められたということで大きく注目を集めましたが、まだ事例の蓄積も少なく、バンドスコアと違って、取得に高度な技能を要するわけではない棋譜については認められにくいのではないかというのが大方の予想だったと思われます。

本件では、棋譜という情報としての性質というよりは、営業上の利益の保護の必要性や、利用行為の目的・態様を考慮要素として挙げています。前者については、棋戦運営のための投資・労力や、棋譜配信の許諾といった事実から要保護性を認め、後者については、本件ガイドラインに対して「カツアゲ」「悪徳商法」などと悪態をついて、いわば確信犯的に利用したという妨害行為の悪質性を重視し、「特段の事情」を認めたものだと考えられます。

本件は、プロの棋戦、その中でもタイトル戦の棋譜を、正規の方法で許諾を得ずにリアルタイムで配信し(かつ収益を得て)、原告らの営業上の利益を侵害したことが重視されたのであって、一般的な棋譜の利用行為がすべて不法行為になることを認めたものではないことに注意しなければなりません。

もっとも、損害賠償額として、動画1本あたり5万円、合計で800万円以上を認めたものの、その計算根拠は不明です。加えて、不法行為の成否についても、さまざまな要素の総合考慮によって決まることから、予測可能性を欠き、情報の利用を委縮させるという懸念もあります。

個人的には、棋譜情報を秘匿・保護して独占的な利用をする方向よりは、その情報そのものは広く利用できるようにし、プラスアルファの価値によって差別化を図るべきではないかという考え方は大阪事件の一審判決のコメントで述べたときから変わっていません。その後2年も経たないうちに、「プラスアルファの価値」の一つであるAIによる解析情報が飛躍的に進歩し、部分的な解説までできるようになるなど*2、棋譜を出発点とした新たな付加価値への期待が高まります。

本件は控訴したか否かは不明ですが、控訴審では異なる判断が出される可能性もあるため、引き続き注目されます*3




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